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店先に立っていると、小塚さんは私の姿を認めるとほっとしたように歩み寄ってきた。
そして、「よかった、待っててくれて」と私に微笑みながら言った。
「そういうのやめたほうがいいですよ。似合わないし、みっともないから」
「え?」
小塚さんが、何のことだろうとでも言いたげな顔で私を見てきた。
「だから、わけもなくへらへら愛想笑いするのやめてください。正直イライラするんで」
私がそう言うと小塚さんの笑顔がすっと音もなく消えた。
ついさっき出会ってから、初めて見た小塚さんの無表情に私はぞっとした。
笑っているときには、上品だけれどどこか嘘くさいと思っていた顔立ちが、表情が消えた瞬間、冷たくて高貴で近づきがたい雰囲気を醸し出していた。
大げさかもしれないけれど、時間が止まったような気がした。
私は、彼の顔をいつまででも眺めていられるような気がした。
「ほらね、俺、無表情だと怖がられちゃうから」
あゆみさんの前では「僕」だった一人称がいつの間にか「俺」に代わっていた。でも、私にはそんなことに気付く余裕なんてなかった。
もっと見たい。
冷たい顔、切れ長の目と高い鼻、薄くめくれた口、男の人にしてはきめ細かくて白い肌、そのすべてに触れてみたい。
そう思っていたのに、小塚さんはすでにさっきと同様の笑顔を張り付けてしまっていた。
「お腹が空いていないなら何かほしいものはある?アクセサリーとか」
彼はあくまで私にお礼をするまで帰るつもりも、私を帰すつもりもないらしい。
私は少し思案してから、小塚さんを見上げて言った。
「それなら、あそこ行きましょうよ」
さっき出会ったときの小塚さんのごとく、私は肩から指の先までぴんと伸ばし、あるところを指さした。
ここら界隈に決して上品とは言いがたい光を放つあの建物。
そう、俗にいうラブホである。
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