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2 忽ち有害
変化はあまりにもゆっくりと進んでいた。
緑色の人影は部屋に住んでいるというだけで、私に関わろうとしては来なかった。はずなのに、妙に視界に入る機会がじわじわと多くなっていたのだけれど、気にしている暇がなかった。
ひとつは、教授の本妻の息子が補導され、歯車が狂い始めた事。
それが元で本妻がおかしくなり、教授が──つまり父親が私を煙たがり始めた。それでもなんとか共同執筆の論文を一冊の本にして出版する事で、私を学者の道に乗せて親の務めを果たすと言っていた。
だからがむしゃらに書いた。
もうひとつは、ユアが私を秘密の彼氏のように都合よく甘えだした事。
私はユアに弱く、彼女がただ愚痴を言うためだけに来たのだとしても、彼女の話を夢中で聞いて、彼女の顔を見つめ続けた。それは正に、ユアからすれば恋に溺れる石頭女の盲目の恋を手玉に取るという状況に他ならなかった。
私は、誘惑に負けて彼女と寝た。
ユアは美しく、蠱惑的で、軽々と私を虜にした。
それでがむしゃらに書く論文に粗が目立ち始めた。
父親である教授は私をフォローしようとしていたが、学術書の編集者は私を特別扱いはしなかった。
出版が危うくなったと母にバレて、今度は母がおかしくなった。
「私の人生を返してェェェッ!!」
これまでひた隠しにしてきた関係が白日の下に晒された。
共同出版どころではなくなった。
私も教授も大学にはいられなくなったし、友人だと思っていた何人かもサッと引いていった。母が本妻宅に押し入り、警察に逮捕された。もう絶望だった。
私は泣いた。
ぐちゃぐちゃになったアパートの部屋で、顔を覆って泣いた。
そんな時だった。
あの、緑色の人影が、真正面に座った。
「……っ、私を……慰めてくれるの……?」
私は、あろう事か、話しかけてしまった。
緑色の人影は手を私の顔に伸ばし、頭を撫でたり涙を拭ったりするようなそぶりを見せた。
これが、世に言う守護神とか精霊とかいう類なのだろうか。
そう思った瞬間だ。
《カワロウ、カワロウ》
「……?」
顔らしき位置を覗き込んだ瞬間、緑色の人影はワッと木の葉のように私に降り注いだ。
本当に一瞬だった。
私は、緑色の人影が消えたと思った。
「あははっ。チカルちゃんだぁ」
!?
振り向くと、私がいた。
ふと視界に赤紫色の煙が揺蕩った。それが私の手足だと気づいたのは、数秒たってからの事だった。
だけど。
私は、チカルに絶望したんじゃなかった?
そんな私になりたがる誰かが、誰なのか。少しだけ気になった。
でも、そんな事より……
私はユアになりたいと思った。
だから私は赤紫なのか、みたいナコトヲオモッタ。
ソウダ。
イコウ、イコウ。
カワイクテ、ステキナ、ユアノトコロ……
(終)
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