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1 今のところ無害
私のアパートには少し前から緑色の人が住んでいる。
最初、それはぼんやりした煙のようなものだった。
それがだんだん、棒人間みたいな形になってきて、いまではくっきり人体の輪郭を持って、人間みたいな動作で部屋の中を歩き回っている。
顔もないし、The中肉中背という感じで性別も不明。
でもとりあえず害はないし、びっくりするけど嫌な感じはしないし、なにより引っ越すのは面倒だ。
集中が妨げられない限り、まあいいかと思っていた。
見るからに幽霊ですって感じならヤバイけど、影だし。
このまま見えないふりをしていれば、問題ない気がする。
それに一番怖いのは、自分が幻覚を見ているかもしれないという可能性。
だから、私は見ていない。気にしない。
「うん。いいよ、うちで飲もう」
ある日、同じゼミのユアが泊る事になった。
ユアは間違いなく大学内でいちばんの美女で、実業家の彼氏と同棲していた。喧嘩をしたので、向こうが謝ってくるまでしばらく友達のところを渡り歩くという計画らしい。
一種の賭けだった。
ユアにも、あの緑色の人影が見えるのか。
「チカルって酒強いよね」
「うん、家系かな」
「邪魔じゃなかった? 書いてるんでしょ?」
私は教授と論文を共同執筆している。学術誌に掲載された論文も含み、次の秋に出版される予定だ。
「うん。まあ……でも、いい息抜きになった。ありがとう」
ユアは嬉しそうに笑って、向かいから私の脇に座り直し、まるで男に甘えるように私にしなだれかかってきた。
最初に私を頼った辺り、ユアは人をよく見ている。
私は同性のユアに惹かれていた。ただそれは、友情を越えて恋愛というわけではなく、彼女は私が理想とする外見を完璧に有していた。つまり憧れ。ユアは私にとって、偶像崇拝の対象だったのだ。
ユアがそれを恋愛感情と勘違いしているのも理解できる。
「チカル、ぶっちゃけ教授とやってんの?」
そう陰で噂されているのもわかっていた。実際は父娘の関係だけど、婚外子だから絶対に秘密だ。私は黙って首を振った。ユアはニヤニヤ笑って酒をあおったけれど、そんな表情さえ素敵だった。
ああ、彼女になりたいなぁ。
そんな馬鹿みたいな事を考えながら、ユアの背後に座っている緑色の人を視界に収める。
ユアには見えないらしい。
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