1 先輩のフィギア

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1 先輩のフィギア

「だからさ、俺もすごい忙しいし、食って寝るだけの部屋なんだから都内で3万はほんと良かったんよ。築3年だったし。ほぼ新築の2LDK。ワンチャン結婚したら子供生まれても充分な広さだしさ。多少のポルターガイストは大目に見たわけ。でもさ」  高校時代の先輩はそこそこ売れてる放送作家だ。  昔から霊感が強くて、校内でも合宿でも修学旅行でもなにかしらの心霊現象に見舞われていた。凄いのは、まったく恐がっていないところ。 「うっせえ馬鹿こっちは仕事してんだよ死んだ奴は黙ってろ! ──って、いつも怒鳴って黙らせてたんだけど」  そういう人。 「なんか向こうもキレて、ついにやりやがったんだよね」 「なにを、ですか?」  僕は恐る恐る問い返した。  幽霊も恐いが先輩も恐い。 「あるとき『あれ~? 妙に素直だな』と思って、気になってリビング行ったんだよ。そしたら……ああ、思い出しても腹立つ。パェルの首が落ちてんの。ポキッと」 「はい」  僕も先輩の部屋には遊びに行った事がある。  アニメオタクの先輩は、仕事部屋以外の空間に満遍なくコレクションを飾っている。中でも名作ロボットアニメのフィギアは宝物扱いで、顔を寄せて眺めるには事前許可が必要なくらいだ。  その1体、パェルの首が、落ちたと。 「もう仕事どころじゃないよ。電気全部点けて総点検。あー……くっそ、腹立つ。生きてたらぶっ殺してやりたい。もうね、全部だよ。全部、首落とされてんの」  それで、先輩は限界を迎えたらしい。  恐怖ではなくて、憤怒して格安事故物件を出て行く先輩。強すぎる。 「でさ、お前、安い部屋探してるって言ってたじゃん? けっこう霊とか耐性あるし。実は俺、住むとき業者に『本当にちゃんと住むんですか?本当に出ますよ』とか念押しされて、めんどくせえから違約金の書類にサインしちゃったんだよね」 「え?」 「だからお前住めよ。3万だぞ。都内駅前2LDKで、15階」 「でも……」  言い渋っていると、先輩はステーキにフォークを突き刺して、その肉をこちらに突き出しつつニヤリと笑った。 「鈍感な女なら大丈夫だって」  僕に、恋人を作るなら霊感のない子にしろとアドバイスしてくれたのも、先輩だった。あれから3人の女の子と付き合って、恐い思いをさせずにただ喧嘩して別れている。 「アスェヘエルもイロエルもザミネエル軍曹もやられた。とりあえず治療して次の部屋借りて先に引っ越しさせたけど、早く一緒に寝てえんだよ。な?」  僕は恩返しも兼ねて、その部屋の賃貸契約を譲り受けた。
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