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3 復讐
真夜中、トレイを下げに監禁部屋にあがると、檻の隅でアヤノは丸くなって眠っていた。一応、室温は風邪を引かせないよう設定してある。ただし、毛布やマットレスは必要ない。冬じゃないだけありがたいと思え。
「娘サンハ、オ預カリシマシタ」
檻の前でヘリウムガスを吸い、アヤノの母親に電話をかけた。
誘拐したとき既に子供用スマートフォンを取り上げて、連絡先を抜いておいたのだ。本体はすぐに捨てた。
『お願いします……ッ、彩乃の、声を聞かせてください!』
「イイデショウ」
力いっぱい檻を叩く。
「オイ! 起キロ! アヤノオォォォォォォッ!!」
『やめてっ! やめてぇぇぇえええっ!!』
ガシャガシャという檻の音と私の声に、母親が電話口で絶叫している。
アヤノも飛び起きて、一度キョロキョロとしたあとでわっと泣き出した。
「ママアァァァッ!」
『彩乃! 彩乃ッ!? やめて彩乃に乱暴しないでッ!!』
「ママたすけてっ! ママ! たすけてぇぇぇっ!!」
「聞コエマスカ、オ母サン」
『聞こえます! 聞こえます!』
「明日、昼2時、藤八陸橋ノ、公園側ノ登リ口、5000万円──」
「ママ!? このひとナカジマっていった! ナガジマアキっていったぁ!!」
電話を切った。
「……」
私は膝をついたまま、じっとスマートフォンを見つめた。
アヤノがしゃくりあげながら小さな手で檻を掴んだ。
「これで、バレたんだから……っ、にっ、にげられないんだ……っ」
「……」
「おばさん……っ、つかまるんだ……タイホっ、されるんだ……!」
「……」
「わたしのっ、おっ、おじいちゃんは……〝さいばんかん〟なんだからっ!」
「知ッテルヨォ」
まだガスが効いていた。
「!?」
アヤノは怯えた様子で口を噤んで、檻から手を離す。
「おばさん……わたしを、知ってるの……?」
「知ッテるよ」
声が戻った。
それから逮捕されるまで、私は、アヤノに自分がされたのと同じ事をした。
忘れたくても忘れられない、おウマさんとの17日間。もっともっと長く感じたけれど、実際はそんなものだったみたいだ。でも、あの日々が私の人生を変えた。
3日目の朝には、アヤノは私に食べ物を強請るようになっていた。
おねがいします、ください──
どうしようかな?
ボクを笑わせてくれたらいいよぉ?
そうだ、踊ってよ。
変な顔で髪を振り乱して、歌を歌いながら踊って見せて。
全部。
私がされたのと、同じように。
アヤノが壊れていく様を見届けながら、私はサイレンの音を待ち侘びていた。
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