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4 未来
「──被告人は正に18年前、7才の時、下校途中に誘拐され約3週間に渡って監禁された被害者でした。過酷な経験は心に深い傷を残し、犯行時、被告人は正常な判断ができない精神錯乱の状態にあったのです」
法廷がどんな場所か興味があってネットで調べたりしたけれど、傍聴なんかしないで、この日のために大切にとっておいた。
私を誘拐して監禁してぶっ壊した奴が座ったのは、今、私が座るこの席。
「被告人には長年に渡ってメンタルクリニックへの通院が余儀なくされ、穏やかな日常生活や就業意欲など望む事は難しく、子供時代から思春期にかけ、学業や友人との交流なども満足に積み重ねられない人生でした」
子供を誘拐した大人を庇う、あれが弁護士。
「被告人の無罪を主張します」
あほか。
あの時の弁護士も、こんなふうに頭のおかしい奴を守ろうとしたのか。
恐い顔をした検察官はまともな事を言った。
「今回の被害者、稲垣彩乃ちゃんは、18年前の犯人に懲役3年執行猶予5年の判決を下した裁判官の孫娘です。被告人の誘拐にあたる下調べや準備は周到なもので、計画性があり、また当時自分が誘拐された年齢まで彩乃ちゃんが育つのを待つだけの忍耐力もありました。精神錯乱とは程遠く、責任能力は充分であったと断言できます」
私は微笑んでいた。
検察官は、別に微笑み返しては来ないけど。でも好感が持てる。
「よって刑法第224条に基づき懲役7年を求刑します」
検察官のあと、弁護側の証人で母が証言台に立った。
「あの子には普通の人生を送れるように精一杯サポートしてきたつもりです。でも、こういう事件を起こしてしまいました。やはり普通には戻れなかったのだと思います。犯人についてネットで調べているのは知っていましたが、私も加山さんが亡くなったのは聞いていたので、ああこれでやっと悪夢から解放されるんだと思ったのですが、普通どころか、あの子は、加山さんのようになってしまいました。もう普通には戻れるとは思えません。でもあの子は女性ですから、異性が加害者だった場合のような酷い事はしていません。加山さんも、それで減刑されたと記憶しています」
ああ、やっぱり。
母が庇いたいのは自分自身なのだ。
また検察側と弁護側がやりとりをして、最後にもう一度、裁判長が私を証言台に立たせた。
「これで審理を終わりますが、最後に裁判所に対して述べておきたい事はありますか?」
「……」
あの時、加山という女はここでなにを思い、述べたのだろう。
私にはずっと言いたい事があった。
ここで。
「あんな事があったのに、大人たちはみんな『忘れて普通の子になれ』と言いました。いつからか、なれない私を虫みたいに嫌そうな目で見ていました。だからアヤノちゃんにもっ、わたしはふつうの子になってほしいなって思います! しょーめーしてほしいですッ!! わたしをわすれてぇぇっ!!」
(終)
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