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1 誘拐
「アヤノちゃん? 稲垣彩乃ちゃんかな?」
「……おばさん、だれ?」
ショッピングモールの休憩所には簡単な遊具があって、アヤノはそこの牛に乗るのが好きみたいだった。
「うん、おばさんは中嶋彩暉って言います」
「知らない人とはお話できません」
「うん、ママが大変なの。あっちで倒れて、今、救急車が来るところだよ」
「えっ!?」
イイコの模範みたいなアヤノが血相を変えた。
こうなればこっちのもの。
私は内心ほくそ笑んで、深刻な顔で息巻きつつしゃがんだ。アヤノと目線を合わせるためだ。
「おばさんはたまたま近くにいて、ママにアヤノちゃんを連れて来てって頼まれたの。ママのところ行こう?」
「うん!」
アヤノは素直に私と手を繋ぎ、子供ながらに切迫した表情で小走りについて来た。
手を繋ぐ私とアヤノは、母と娘に見えてもおかしくない。実際は随分若い母親になってしまうから、黒髪と地味な服装でベタなメイクで臨んだ。老けて見えるはずだ。少なくとも叔母と姪の関係くらいには見えるだろう。
「救急車に乗ったら、ママにたくさん話しかけてあげてね」
「うん!」
「アヤノちゃんの声を聞けば、きっとママは大丈夫だからね!」
「うん!!」
ひたすらママを連呼してアヤノの意識を支配しつつ、駐車場に着いた。
アヤノは私をすっかり信じ、息を切らして必死でついてくる。
私の手を、汗ばむくらい、がっしり握って。
青の軽自動車の脇で足を止めると、アヤノは辺りを見回した。
長い髪がサラサラ揺れる。
この髪を、母親は毎日、毎日、梳いて、結って、撫でて、洗って、拭いて、まあ愛でているのだろう。
「?」
アヤノの表情が心細いものに変わった。
まだこちらの意図など、わかっていない。
ただ救急車を探している。
「──」
私は薄く開けておいた助手席のドアをあけ、アヤノを抱えて押し込んだ。
アヤノは暴れた。
私はドアを力いっぱい閉めた。
アヤノが恐がって座席で縮みあがる。
私は力いっぱいドアを叩いた。
アヤノは怯えて泣き出した。
運転席に乗り込んでロックをかける。
「騒いだらママを殺すよ」
アヤノのシートベルトを先に締め、私も締め、用意してあったクマのぬいぐるみを抱かせ、アクセルを踏んだ。
成功すると、わかってた。
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