第4話 ヘンドリクとコスタ ~恋愛成就~

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第4話 ヘンドリクとコスタ ~恋愛成就~

 ヘンドリクは今日もウラのところに通っていた。  もう顔なじみなので、雑談くらいはする仲になっていた。 「そういえば、ヴァルターっていう悪党とその一味が死んだみたいだな。特にヴァルターは口にするのも(はばか)られるほど壮絶な死に方だったらしい」 「『善悪の報いは影の形に随うが如し』ってことかしら…」 「なんだよそれ?」 「私の保護者の受け売りよ。善にも悪にも必ず報いがあるということね」 「それはそうかもしれないな…」  それはそうと…  ヘンドリクは意を決した。 「実は…俺には好ましく思っているご婦人がいるのだが、その方と上手くいくか占って欲しい」  告白する勇気はないので、遠回しに言ってみたのだが…  ウラには伝わらなかったようだ。ウラは粛々(しゅくしゅく)と占いを行った。 「あなたの想い人には既に好ましく思っている方がいるようね」 「そうですか…」  ──くそっ! やっぱり、あの「保護者」って奴か? 「それにあなたの想い人は、あなたに言えないような秘密を持っているわ。そういう意味でもあなたと想い人が結ばれることは難しいと思うわ」 「その秘密っていうのは?」 「さあ。詳しい中身までは占いではわからないわね」 「う~ん。気になるなあ」 「でも、こればかりは本人に聞いても教えてくれないでしょうし。諦めるしかないんじゃない。あなたが、秘密を見ないふりをしてでも想い人を受け入れる度量があれば、別なのかもしれないけれど…」 「秘密って、まさか犯罪まがいのことをしているとか…」 「だから、わからないってば」 「そんなに気になるようなら、やっぱり無理ね」 「…………」  そう言われると、無理な気もしてきた… 「それはそうと、あなたには身近にあなたのことを好いている女性がいるわ」 「えっ! そんなはずは…ちっとも心当たりはないが…」 「あなたが鈍いだけなんじゃない」 「そ、そうかな…」 「その女性と結ばれれば、あなたには幸運が訪れるわ」 「そんな…」 「どちらを選ぶかはあなた次第よ。所詮は占いだから。当たるも八卦当たらぬも八卦だけれども…」 「そ、そうだなあ…」  占いの結果からすれば、明らかに後者の女性を選ぶのが得策だ。  だが…ウラに対する気持ちをそう簡単に断ち切ることができるのだろうか?     ◆  コスタ・ヒンドルフはヘンドリクが勤めるパン屋の娘だ。  年齢はヘンドリクの10歳下の17歳。  彼女には兄がおり、店を継ぐことが決まっていたので、両親から結婚は自由にしてよいと言われていた。  そんな彼女は結婚適齢期のど真ん中であり、縁談の話もチラホラ来ていたが、それをことごとく断っていた。  いよいよ怪しいということで、両親から尋ねられた。 「コスタ。おまえ。誰か好きな人でもいるのか?」 「それは…そのときが来たら話すわ」 「しかしなあ。時間なんて経つのはあっという間だぞ。まごまごしていたらあっという間に20歳だ。行かず後家になっちまうぞ」 「そんなこと…わかってるわよ」  コスタが好きなのはヘンドリクであった。  ヘンドリクは7歳のときから見習いとしてパン屋で働いており、コスタは幼いころから、その一生懸命な働きぶりを見てきたし、妹のように可愛がってくれていた。  コスタが兄のように慕っていたヘンドリクを意識するようになったのは7歳のとき。  ヘンドリクが焼いたパンが、初めてお店に出してよいと親方である父からお墨付きをもらったときだ。  そのときのヘンドリクの爽やかな笑顔を見て(まぶ)しいと思った。そして顔が上気し、心臓がドキドキしているのを感じた。  以来、コスタはヘンドリクのことを密かに想いつつ、日常は兄弟のように接してきた。  ヘンドリクは相変わらず可愛がってはくれるが、10歳も年下の コスタは妹以上のものとは思っていない様子だ。  そんなある日。  パン屋にごろつきがやってきた。17歳になったコスタは近所でも評判の美人になっており、以前から目をつけられていたのだ。 「い、いらっしゃいませ」  コスタは緊張した声で言った。  ごろつきはパンを3つほどトレーに取ると、会計カウンターにいるコスタのところに無造作に置いた。 「で、いつになったら俺の女になるんだよ!」 「そ、それは…」 「舐めてんのか。おらあ!」  ごろつきはコスタの腕を(つか)もうとする。 「きゃぁぁ!」  コスタは咄嗟にごろつきの手を振り払おうとし、はずみでトレーを落としてしまった。トレーに乗っていたパンが床に転がる。 「パンが落ちちまったじゃねえか!」 「すみません。今取り替えます」  慌てて新しいパンを取りに行く。しかし3つ目のパンを取ろうとして硬直した。男が取ったパンが最後の一つだったのだ。替わりはない。 「申し訳ございません。このパンは替わりがなくて…」 「何言ってんだよ。俺はこのパンが食いてえんだ。どう落とし前つけてるれるんだよ!」 「替わりにお好きなパンを差し上げますから、どうか…」 「俺はこのパンが食いてえって言ってるだろ。今すぐ替わりがねえのなら…」  そのとき… 「これでいいんじゃない」と言いながら、近くにいた女性が床に落ちていた男の欲しがっていたパンをトレーに置いた。 「あなたには床に落ちたパンくらいがお似合いよ」と女性は続ける。  ごろつきは、その女性の顔を見て顔が引きつっていた。  その女性はウラだった。  ごろつきは、以前にウラに嫌がらせ行為をしていた。  これに対し、彼女は「私は不幸を呼ぶ女なのよ」と警告したのだが、無視していたところ、その度に怪我といった不幸が襲ってきたので、今ではウラのことを恐れていたのだ。  もちろんウラの軽い呪いによるものだった。 「それからその子も不幸を呼ぶ女だから近寄らない方がいいわよ。今日は不幸を呼ぶ女と2人も関わってしまって大変ねえ」  ごろつきの顔を冷や汗が伝った。  すると「ちっ。覚えてやがれ」と捨て台詞を残して男は去っていった。  コスタは、緊張の糸が切れて、その場にへなへなと座り込んでしまった。 「あなた大丈夫?」 「はい。どうもありがとうございました」 「まったく、こんなことしているなんて、あの男、許せないわね。しかもパンの代金も払っていないし…」 「いえ。いいんです。それよりお礼に今日のパン代はタダにさせてもらいます」 「まあ。悪いわね。それから、さっきあなたのことを『不幸を呼ぶ女』と言ったのは方便だからね。気にしないで」 「ああ。そうだったんですね。実はちょっとだけドッキリしちゃいました」  というとコスタは17歳の少女らしくにっこりと笑った。 「ところで、あなた好きな人がいるでしょ」 「えっ。それは…」とコスタは言い淀んで赤くなっている。 「私、占い師だからわかるの」 「そうなんですか…」  コスタは興味を惹かれたようだ。 「あなたかわいいから、特別に簡単な恋愛成就のおまじないを教えてあげるわ」 「本当ですか!?」  コスタは期待で目をキラキラさせている。 「じゃあ言うわね。あなたの好きな人と目が合ったら、逸らさずに3秒間見つめ続けるの。それだけよ」 「ええっ。たったそれだけ…」  考えてみるとちょっと恥ずかしいが、難しくはなさそうだ。 「あら。効果を疑っているわね」 「そんなことは…」 「実は見るという行為は、(しゅ)をかけるということにつながるの」 「(しゅ)…ですか…」 「(しゅ)といっても悪いことじゃないから気にしないで」 「そうなんですか」 「それで、1回では効果が薄いから、何度も繰り返すの。相手も3秒間見つめ返すようになったら、告白してみて。  たぶん上手くいくはずよ」 「そうですか。じゃあ…やってみようかな…」 「所詮はおまじないなんだから、気軽に試してみてよ」 「わかりました。今日は本当にありがとうございました」  ちなみに、コスタに言い寄ってきたごろつきは、帰り道に左折しようとしていた馬車の車輪に巻き込まれ、足を切断する大怪我を負った。  もちろん、ウラの呪いによるものである。  その後、そのごろつきは仲間から爪弾きにされ、貧民街へと流れて行った。     ◆  ヘンドリクは、最近コスタの視線を感じることが多くなった。  ふと感じて振り返ると、コスタと目が合う。するとコスタは嬉しそうににっこりと微笑む。  するとヘンドリクは、気恥ずかしさから視線を逸らすのだった。  ──ウラが言っていた身近にいる女ってコスタお嬢さんのことなのか…?  考え始めるといろいろ気になってくる。  これまで妹のように可愛がり、まだ子供のように思っていたが、彼女はもう成人して結婚適齢期だ。  そういう目で改めて見ると、近所でも評判の器量良しだし、長い付き合いの中で気心も知れている。  これ以上の結婚相手なんていないんじゃないか?  問題があるとすれば10歳という歳の差だが、そのくらい歳の離れた夫婦は結構いる。  当事者が納得しているのであれば問題はないだろう。  一気に現実味の増したヘンドリクは、(もしコスタお嬢さんが好意を寄せてくれているのであれば正面から応えてやらねばならない)と思い、視線を逸らさないようにすることに決めた。  気恥ずかしかったが、視線を逸らさないようにすると、コスタは破顔して喜んでくれるのだった。  こちらも嬉しくなって、笑顔を返す。  そんな日がしばらく続き… 「私ね。ヘンドリクのことが大好き」と告白された。  心底嬉しくなった。  そして、ウラに感謝した。  彼女に占ってもらっていなかったら、未だにコスタのことを妹のように思い、「好き」の意味を取り違えていたに違いない。 「私もお嬢様のことが好きでございます」  ヘンドリクは何の迷いもなく、告白に答えることができた。  二人は結婚の約束をし、親方夫婦に報告することにした。 「そうかあ。コスタの好きな人というのはヘンドリクだったか…」 「えへへっ」とコスタは照れている。 「親方。お許しいただけますか?」とヘンドリクが問うた。 「もちろだとも。それにおまえもいい年だから、暖簾(のれん)分けでもしてやろうと思っていたところだ。  丁度いいから二人で新しい店を開いたらいい」 「「ありがとうございます」」  二人は声を揃えてお礼を言った。  長年夫婦をやっているように、息がぴったり合っていた。     ◆  ヘンドリクは久しぶりにウラのところを訪れていた。  コスタとのことがあってからは、自然と足が遠退いていた。 「あら。ずいぶんとご無沙汰だったわね」 「面目ないことです」 「でも、その顔だと上手くいったようね。相手はコスタさんなんでしょ」 「ええっ! そんなことまでわかるんですか?」 「そんなの一目瞭然よ。占いでも何でもないわ。あなた鈍すぎたのよ。それで結婚はするの?」 「はい。それで暖簾分けもしてもらって、二人で新しい店を開くことになりました」 「そう。良かったじゃない。店ができたら、ぜひ寄らせてもらうわ」 「その際は、サービスさせていただきます」 「ありがとう」 「それで…今日は夫婦仲が上手くいくかどうか、占って欲しくて…」 「ほっほっほっ。そんなの上手くいくに決まっているじゃない。占うまでもないわ」 「そんなものですかね?」 「あなた鈍いだけじゃなくて、小心者なわけ? もっと自信を持ちなさいよ」 「わかりました…」  裏の仕事をやっていると殺伐とした気分になりがちなウラも、その日ばかりは気分が良かった。  だが、振り返って、我が身を考えると「保護者」は自分の気持ちに気付いてくれそうもない。 「私って不幸を呼ぶ女ではなくて、不幸な女だから…」  ウラは呟いた。 (人を呪わば穴二つ。私が不幸なのは自業自得なのよね)と思い、ウラは自嘲気味に微笑した。
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