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第1話 プロローグ ~ミステリアスな占い師~
ここは「神聖帝国」であるが、しばらくして「神聖ローマ帝国」を名乗ることとなる国である。
この世界の情勢は、13世紀頃の中世ヨーロッパにそっくりであるが、過去の地球なのかというと、さにあらず。
その証拠に、この世界には月が2つあった。
一つ目の月は前世でなじみのある月そのものであるが、もう一つは小さくて暗い。こちらは新円ではなく、歪んでおり、じゃがいものような形をしていた。
この世界はいわば異世界。
魔法が普通に存在し、森には摩訶不思議な魔獣が跋扈するファンタジーな世界であった。
◆
パン屋の従業員をやっているヘンドリク・ノイマイスターは今日が非番の日だった。
特に目的もなく、神聖帝国ロートリンゲン大公国の首都ナンツィヒの庶民街をぶらついていると、新しく占い師が露店を開いていることに気づいた。
──見ない顔だな…
ヘンドリクは、その内気な性格もあって、27歳の現在にして独身だった。
10代後半から20代前半が男女とも結婚適齢期とされているこの世界においては、そろそろ焦らなくてはならない年齢である。
占い師は、ミステリアスな衣装を着ていて、年齢は20歳前後だろうか。
その美しい顔立ちはミステリアスで妖艶な雰囲気を醸し出しており、ヘンドリクはたちまちその魅力に惹かれた。
そのままふらふらと占いの露店に吸い寄せられてしまう。
「いらっしゃいませ。何を占いますか?」
ヘンドリクは話しかけられてハッとした。
行き当たりばったりで来てしまったが、何も考えていなかった…
「と、とりあえず、俺の未来を占ってもらおうかな」
「占いの方法はどうしますか? 一番ポピュラーなのはタロット占いですが…」
「じゃあ、それで頼む」
「では、ここにあるカードの山を占ってもらいたいことを念じながら左手で混ぜてください」
「ああ。わかった」
ヘンドリクは照れてしまって、会話をしている間もまともに占い師の顔を見られない。
迷いながらボーっとしてカードを混ぜ続けていると、占い師に「もういいですよ」と止められた。
タロットカードのヘキサグラム(並べ方)はいろいろあるが、今回は「生命の樹」という比較的難易度の高い並べ方でやるようだ。自分自身や決められた相手の真の姿を占うのに適している。
カードを見ながら占い師は結果を話していく。
「あなたは内気であまり自己主張をされない方のようですね。人付き合いがあまり上手ではなく、お友達も少ないのではありませんか?」
「ま、まあ、そんなところです…」
──もろに当たってるじゃないか! そんなことがわかるのか?
「根は真面目で、お仕事の方は一生懸命取り組まれているようですね。周りの方はそのことを評価しているようです」
「そんなものですかね…」
「あなたには夢はないのですか?」
「そうだなあ…俺、パン屋で働いているんだけど、将来的には自分の店を持ちたいかな…」
「そうですか。今日の占いでははっきり出ていませんが、あなたはもう少し自分の考えを周りに明らかにするようにした方が良いかもしれません。
これまで自己主張を押さえているせいで損をしていることもあるようですが、そこを変えることで運は開けてくるでしょう」
「わかった。そこのところは少し考えて行動してみることにするよ。ありがとう。
お代はいくらかな?」
「大銅貨が3枚です」
──結構な値段だな…さすがに毎日は来られないか…
大銅貨一枚は現代日本の千円くらいの感覚だ。
「ところで、この場所は庶民街で必ずしも治安がよくない。ごろつきが因縁をつけてきたりすることもあると思うが、女一人で大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。こう見えて私、強いんです。それに頼りになる保護者もいますし」
──保護者? 恋人じゃないんだよな…
だが、そこのところは、まだ初対面でもあり、突っ込み難い。
「ならいい。そうだ、俺が働いているパン屋はこの近くなんだ。よかったら来てくれよ。俺が焼いたパンもあるからさ。自慢じゃないが近所じゃ美味いパンやって評判なんだ」
「そう。機会があったら行ってみるわ」
「そういえば、あんた名前は?」
「ウラと言います」
「俺はヘンドリクだ。また来るぜ」
そう言うと、ヘンドリクはその場を後にした。
それにしても「保護者」ってなんだ?
どこかのお貴族様か大店のボンボンに囲われているとかか?
でも恋人じゃないよな。そんな言いぶりではなかったし…
ヘンドリクは「保護者」のことが気になりつつ、その後も毎週ウラの元に通い続けた。
そんなある日…
ヘンドリクは、焼きあがったパンを店に並べているとウラに出くわした。
ヘンドリクは普段は厨房でパンを焼いているので、ラッキーな遭遇だった。
──わざわざ来てくれるなんて! これは脈ありなのか?
「やあ。ウラじゃないか。来てくれたんだね」
「やっぱりこのお店、あなたの店だったのね。顔をみないからどうなのかと思っていたわ」
「ああ。俺は普段は厨房でパンを焼いているからな。普段は店で接客はしてないんだ。
ところで、このパンは俺が焼いたんだ。焼き立てだから美味いぜ」
「そうね。じゃあ、それをいただくわ」
「毎度ありぃ」
そして何度かウラのところに通ううちに、ヘンドリクはウラとハンサムな優男が親し気に話をしているところを見てしまった。
男の方は若い、まだ20歳前に見える。ウラの方は女性なので失礼だと思って歳は聞いていないが、おそらく同じくらいの歳だ。
男はそれなりに整った服装をしているが、貴族が着るようなちゃらちゃらしたものではない。大方、どこからの大店のボンボンだろうか…とても強そうには見えない。
──ちっ。所詮、世の中は金次第ってか…
男が立ち去った後、早速ウラに聞いてみる。
「いらっしゃい。今日も来てくれたのね」
「ああ。ところでさっき話していた男が前に言っていた『保護者』なのか?」
「まあ。見ていたのね。そうよ」
「あんな大店のボンボンみたいな奴が頼りになるのかものかね?」
「彼は大店のボンボンじゃないわ。でも、頼りになるのは確かね」
「いったい、何者なんだ」
「それは秘密よ。ひ・み・つ…」
「なんだい。もったいつけやがって」
「それより、今日は何を占うの?」
「そうだなあ。また、今週の運勢でも占ってもらおうか」
「わかったわ」
ヘンドリクは、慣れた手つきでタロットカードを混ぜ合わせていくのだった…
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