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私の上から離れた拓己さんはいつもの店員さんの時の表情に戻っていた。
外は真っ暗になっていて、外から入ってくる街の光が照明の代わりを果たしていた。
「次来た時にディルドのボタンのつけ方教えますね」
理不尽な言葉に服を直していた手が止まる。
ボタンの位置なんてすぐに終わる説明なのに。
どうして教えてもらえないのかわからなかった。
「今教えてください」
「えーそしたらまた来てください。約束してくれたら教えます」
詰め寄る私を拓己さんはニコニコしながらかわす。
彼はまったく悪びれていない様子で私を後ろから抱きしめる。
彼から汗ばんだ雄の香りがして先ほどの情事を思い出してしまう。
「……本気なんですか。私のこと」
「そうですよ。言ったじゃないですか」
「急すぎませんか」
「僕はあなたのこと何も知りませんからね。凪さんに来てもらわないと、僕と凪さんの関係はなくなってしまいますから。急がないと」
首筋に埋めていた顔を上げた彼に、くるりと方向を百八十度変えられ、彼と向き合う。
「あっ、連絡先教えてくれるなら話は別ですよ」
相変わらず私の警戒心を解くような笑顔を向けてくる。
少し考えたが、やっぱり彼の言葉が全て本当だとは思えなかった。
きっと他の女性にも手を出してる――。
とりあえず連絡先を教えてかわしていれば、そのうち諦めるはず。
「連絡先教えるんで、ボタン、教えてください」
「やった」
拓己さんは片手でテーブルに置かれていたディルドを手に持ち、もう片方の手で根元の部分を軽くひねる。
カシャッと根元が少し伸びてボタンが出てくる。
そこを長押しすると電動音がして動き出した。
これだけだったの……。
肩を落とす私に彼はディルドを持ったまま抱きつく。
「『やっぱなし』ってのは、なしですからね」
「そんなことはしませんから、とりあえず電源を切ってください」
「キスしてくれたら切ります」
彼を見るとくちびるを突き出し、目をつぶっていた。
私は彼からディルドを奪い、電源を切る。
やってやったと言わんばかりに彼を見ると、くちびるを柔らかい彼のくちびるでふさがれる。
「電源切るならキスですよ」
微笑まれながら、当たり前のことのように言われると、そうなのかと一瞬、納得してしまう。
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