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1話 店員
1話 店員
肌寒い夜。飲み明かすつもりで肩を弾ませる人たちを横目に、私は飲み屋街から少し外れた三メートルほどの幅のアスファルトの上を歩く。
たまに人が通るため、身バレの可能性は十分にある。
私はクローゼットの奥に眠っていたバッグと服を取り出してきて、身に着けていた。
強い風でスカートが大きく揺れる。
道端にはコスプレ用の衣服やグッズが売っている店、SMグッズ専用の店、ブランド品を売り買いできる店、精力剤がたくさん並んだ薬局、夜の街に繰り出す人のためのお店がたくさん並んでいる。
キョロキョロしながら目的の店を探す。
たしかラブグッズ専門店――だったはず。
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『もしもし、凪?』
『どうしたの、真由美。朝早くに』
『この前話してたお店あるでしょ。エッチな道具売ってるお店』
……ん?
寝起きであまり動かない頭をフル回転させて思い出す。
『あー多分覚えてる。それがどうしたの』
『あのお店に行ってとってきてほしいものがあるの。予約してるやつで、一週間以内に取りにいかないといけないの。私、アキレス腱切っちゃって』
『えっ! お店に行くのは全然いいけど、大丈夫なの!?』
『うん、大丈夫。しばらく赤ちゃんのハイハイ生活するぐらい。』
……それは大丈夫なんだろうか。
幸い真由美は実家暮らしだから当分の世話はお母さんがしてくれるらしい。
『わかった。お大事にね』
電話を切って布団の中で背伸びをする。少し温かくなった身体を起こしてベッドを出る。
洗面台で顔を洗っているとまた真由美から連絡が来た。
『お店の場所送るね。ほんとにごめんね。お願いします!』
メッセージと一緒に真由美が購入したであろう商品の引き換え用のメールのスクリーンショットも送られてきていた。
タオルで顔を拭きながら店の住所をマップで調べて、通りの様子を画像で見る。
……こんな通りにあったとは。
何か対策を取らなくちゃ。
タオルをカゴに入れず、洗濯機の上に置いて洗面所を出た。
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通りの中で少し異質なお店があった。
カフェのような外観で間口はガラス張りになっているが、所々をすりガラスにして、中にいる人の顔は見えないように配慮されている。
お店の前に出されたA型黒板には筆記体で店名が書かれていた。
――Love Goods Store――
店の周りには小さな観葉植物が置かれている。
きっとここだ。
真由美が『女のお客さんが多いから大丈夫!』と言っていたのが分かった気がする。
すごく入りやすい。
オシャレなカフェのような感じさえする。
私はオレンジのダウンライトが照らす店内に吸い込まれるように入っていった。
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