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航は切り分けたステーキを口へ運ぶ。フォークを持つ大きな手が妙に色めいて見えた。航にも、これまでその手で触れた誰かがいたのだ。なんとなくそんなことを、奏斗は思い浮かべた。
「……航さあ、好きな人できた?」
「は?」
「じゃなかったら、恋人できた?」
航の目がまっすぐに見た。奏斗はその視線を真っ向から受け、口をつぐんだ。航はすぐに視線を落とし、ナイフで肉を切る。
「そんな相手いたら、今日こんなとこにいねえよ」
奏斗がじっと観察していると、気づいた航が目を上げた。
「ほら、早く食っちまえよ。奏斗食うの遅いんだからさ」
「早食いのオニめ。俺は上品なの」
「あの野球部にいて早食いにならないのはお前ぐらいだ」
弁当を食べるのが遅く、昼練に行くのがギリギリだったことをいつまでも持ち出す。
奏斗はハンバーグにぱくついた。口を動かしている間に、航は次々と肉と白飯を口に放り込んでいく。胸がすくほど食いっぷりがいい。奏斗が懸命に口を動かしていると、航がフォークを上げ下ろしする合間に言った。
「デートか。それもいいかもな」
「え?」
「今日限定で」
返事をできずにいる奏斗を前に、航は皿の上を平げ、店員を呼ぶと奏斗の分も一緒に食後のドリンクを頼んだ。
急いで口を動かす奏斗を航はにやにやしながら見ている。その表情の奥を、奏斗は考えた。
「まあ……いいけど」
航が微かに笑った。
奏斗は思わず航から目をそらし、ハンバーグの最後のひとかけを口に放り込んだ。
ドリンクが運ばれてくる。テーブルの端に置かれたグラスを、航が奏斗の前に差し出した。ありがと、と受け取りながら、まじまじと航の表情を見る。
航があんな素直な目で笑うなんて、奏斗は思いもしなかった。
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