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野球部は八月初めに、毎年恒例の合宿があった。新チームになった一年と二年が参加する。
市街地から少し山間に入った場所で、使われなくなった校舎が改装され、グラウンドが併設されている。そこに五日間泊まり込みで練習に明け暮れた。
奏斗は中学から付き合い続けた彼と、高二の夏休み前に別れたばかりだった。
受験勉強で忙しくなるというのが理由だった。奏斗も卒業してからも付き合いが続くとは思っていなかったし、彼のことを思い、受け入れた。
合宿の三日目、夜中に目が覚めてしまった奏斗は、こっそりと寝床を抜け出した。
元校舎だった建物は、何も音がしないのにひたひたと音が聞こえるようだった。廊下を照らす街灯だけを頼りに進む。
裏口の戸を開けるとそこは渡り廊下で、草むらから虫の音が空間を埋め尽くすように鳴り響いていた。その中を歩いて、近くにあるコンクリートの階段に腰を下ろした。
点々と並ぶ街灯に照らされるグラウンドは暗く、果てがないように広がっていた。少し肌寒く、奏斗は二の腕を両手で覆った。
何も考えず、しばらくぼうっとしていた。
背後から足音がする。
はっとして振り返ると、そこには航が立っていた。
「身体、冷やすなよ」
彼は手にしていたジャージを丸めて放った。
奏斗がキャッチし、袖を通す。その隣に航は座った。
「眠れないか」
奏斗はいつものようには切り返せなかった。航の顔を見て、また前を向く。
「あいつのこと、考えてたのか」
奏斗は黙った。図星だった。このところ練習にも身が入らない。それを咎められていると思った。
だが航はそれ以上追求することをせず、奏斗の隣でグラウンドの闇を見つめていた。彼の体温が匂ってくるようで、心臓がいつもより早く鳴り始めたのが気まずく、奏斗は足元に目を落とした。
航がぼそりと言った。
「……夜ってやだな。変なこと考える」
「変なことって」
「お前がかわいいと思ったり」
「え……」
「キスしたいって……」
言葉は最後まで続かず、そっと唇が重なった。
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