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 バタンと、  車のドアが閉まる、重い音がした。  窓の向こうに自分を見送る恋人たちが並んでいる。奏斗(カナト)は助手席から二人に手を振った。  幸せそうだな。  日差しの中に立つ二人、佐良(サラ)(ミドリ)をまぶしく見た。  ふたりか、とつぶやく。  このあと彼らはあの高台にある家に帰るのだろう。佐良の隣に、やはり奏斗の居場所はなかった。  エンジンがかかり、クーラーが吹き出す。  タイヤが砂利を踏む音がして、風景が回転し移り変わる。  車は坂道を登っていく。遠く夏の海が眼下に広がった。後部座席へ身を乗り出すと、さっきまでいた場所で、こちらを見る二人の姿が小さく見えた。  その光景は前触れなく、雑木林の影にさえぎられた。  奏斗はゆっくりと身体を前に向け座り直し、頭の後ろで指を組んだ。 「あーあ。終わっちゃった」  奏斗は軽い調子で言う。(コウ)はその声を聞き、一瞬奏斗を見て、また前方に視線を戻した。 「でも面白かったな。ちょっとした旅行だったよ。知らない町に一泊もできたしね。ひなびた感じがいいところだったよ。航もせっかく来たんだからちょっと歩いてみればよかったのに」 「見るところなんてないだろ」 「何もないところにいるのもたまにはいいよ。波の音が聞こえてさ。あっ、商店街にいい感じの和菓子屋があってね。そこでかき氷食べたんだ。それなりによかったよ」  ふいに目の前に航の手のひらが現れ、キャップのつばで前の景色が隠された。 「泣けよ」  運転していた航が低い声で言った。 「泣いてないんだろ」 「……ほっといてよ」 「いいから黙って泣け」  その言葉を呼び水に、キャップの中で、ふ、と声が漏れる。緊張させ、凍りつかせておいた気持ちが解けた。  航には気づかれている。だてに十年も親友をやっているわけではない。  実際、昨夜泣かなかった。彼らに顔を合わせるときに、腫れた目をしていたくなかった。本当は立ち直れないくらいへこたれていると、知られなくなかった。
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