71人が本棚に入れています
本棚に追加
2
昨夜、碧の家で三人で夕飯を食べた。恋人といる佐良の姿を目の当たりにした。碧とも二人で話しをして、奏斗も彼を気に入った。
碧の近くにいると、何故か深く癒される。荒れた海が凪いでいくような気分になった。佐良が惹かれるのもわかる気がする。佐良が自分の方を向くことがない理由も。奏斗が来るべきところではなかったと思い知るだけだった。
奏斗は碧の家を出ると、一人知らない町をゆっくりと佐良の部屋へ向かった。
明かりが少なく、星がよく見えた。潮の匂いが町中に満ち、誰かに寄り添われているような心持ちで夜道を歩いた。
借りた鍵で佐良の部屋を開ける。扉を開くと、見慣れないがらんとした1Kの部屋があった。昼間二人でここでビールを飲み、話をした。
奏斗はひと息ついて涙を収め、玄関へ入った。
主のいない部屋は落ちつかない。シャワーを浴び、寝支度を終えるともうすることがなくなった。
微かに波の音がしている。窓を開け、外を見回してみたが、この部屋から海は見えない。網戸を閉め、奏斗は窓際に寝転がった。目を閉じて、止まることのない波の音を聞いていた。
四歳年上の佐良は会社の中でもかなり親しい先輩だったが、会社を辞め音信不通になっていた。その少し前に彼は恋人と別れていた。話を聞く限り、一切動かなそうだった関係が崩れ、彼が憔悴していたのを知っていた。
心配がピークに達し、佐良と親しかった中倉から、海辺にあるこの町にいるのだと聞き出し、無理やり乗り込んだ先に待っていたのは、彼と、奏斗よりも年下の恋人との幸せそうな姿だった。
疲労が身体の隅々に溜まっている。ここまで来た道のりを思い返す。三時間以上もかけて、電車とバスを乗り継いだ。わざわざ有給まで取って。
自分に嫌気がさす。
電話の着信音が鳴った。わざわざ電話をかけてくるのは航ぐらいだ。奏斗は起き上がり、繋がった充電器を外してスマホを手に取る。
「もしもし」
「奏斗。どうしてる」
航の声を聞き、飲み込んだ涙が落ちそうになる。
「佐良さんの部屋にいるよ」
奏斗はできるだけ平然とした声で、目尻をこすりながら答えた。航とは夕方電話で話をしている。簡単に状況を伝えていた。
「で、その佐良って人は」
「恋人のうちに行った」
「……そうか」
「今日から付き合い始めたんだって。バカだよ。航の言う通りだったよ。来るんじゃなかった。……でも来てよかった」
「無茶苦茶なこと言ってんな」
「知ってるよ」
最初のコメントを投稿しよう!