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宮元航とはじめて出会ったのは、高校の体育教官室だった。
体育館の二階の片隅にあり、体育教師がたむろしている場所だ。たいてい足を踏み入れると教師たちは歓談していた。もちろん仕事をするためにそこにいるのだが、高校生の奏斗にはそんな風に思えない雰囲気だった。
入学して一週間後の放課後、奏斗は野球部の顧問に入部届を提出するため、そこを訪れた。
おそるおそる扉を開くと、夕日が差す部屋の中に、まっすぐに背筋を伸ばした長身の姿があった。
奏斗は背後から彼を見上げた。その頃の奏斗は身長が一六五センチで、彼はそれよりも十五センチは高く見える。うらやましい、というのが最初の感想だった。
「じゃ、来週月曜からな」
「はい」
頭を下げ、部屋を出ようとこちらを向き、奏斗に気づいた。
眉を少し上げ、驚いたようにこちらを見下ろす。実直そうな瞳が揺れた。思いがけないものに遭遇したという表情だ。そのまましばらくこちらを見ていた。
「入部希望者か?」
彼の背後から奏斗に声が掛かる。彼は聞いていないかのように足を踏み出す。
「あ、はい」
「俺も。よろしく」
すれ違う瞬間、彼はぼそりとそう言い部屋を出て行った。奏斗は返事もできず扉の向こうに消える後ろ姿を見送り、ふたたび呼ばれて我に返った。
かっこいいやつだな、というのが二番目の感想だった。
なんとなく、長い付き合いになりそうだと思った。ただし奏斗の好みは体育系ではない。あるとしたら友人関係の一択だ。
奏斗はその頃、一学年先輩の吹奏楽部員と中学から付き合っていた。高校を選んだ理由もそれだった。
トランペットのピストンを滑らかに押す指がきれいな人だった。彼も部活動に忙しい日々を送っていたが、合間を見つけては二人の時間を作り、これまでも週に一度は会っていた。まだ誰にも知られていない。同じ学校に秘密の恋人がいるというだけで楽しく、他に目が移ることなど頭にもなかった。
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