理想と、現実と

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理想と、現実と

「桃ちゃん、乗馬始めるんだ?」  いつもと変わらない、朝。モーニングを口にする加藤さんと、マスターが話をしていた。マスターの口ぶりからすると、加藤さんが乗馬クラブで働いていることを知っていたようだ。 「元々、乗馬に興味あったみたい。ね?」  加藤さんが突然、私に話を振った。カウンターの片付けをしていた私は、思わず食器を落としそうになった。 「ええ、まぁ……」 「へぇー。帰宅部だから、運動は苦手かと思っていたよ」 「運動と、馬が好きなのは、違うので」 「そっか。桃ちゃんは、乗馬じゃなくて、馬そのものに興味があったんだね」  これ以上話すと、ボロが出る。馬だけに。笑ってごまかすと、食器をトレイに乗せてカウンターの奥へ引っ込んだ。胸の鼓動が聞こえそうな気がして、カチャカチャと食器を洗った。 「桃ちゃん、馬に興味があるって、本当?」  加藤さんが帰った後、小さな声でマスターが私に尋ねた。 「ど……どう言う意味ですか?」  私の下心がバレたのかもしれない、と思い、質問を質問で返した。 「いや。もしかしたら、加藤さんの誘いを断れなかったのかな? とか」 「加藤さんは、乗馬クラブの入会を誘ってきたりしませんよ」 「いやいや。誘いってのは、乗馬クラブじゃなくて」 「あー」   私の下心がバレたのではなく、マスターは、私のことを気にかけてくれていただけだった。いくら加藤さんが立派な男性だったとしても、高校生と知りながら誘ってきているのを、マスターは快く思っていないようだ。 「桃ちゃんが加藤さんを好きなら、話は別」 「好きじゃないです」  マスターのひと言に、上から被せて言った。加藤さんは、職場の人たちをどうも上から見ているように思えてならない。いつもそんな口ぶりなのだ。常連さんを悪く思いたくはないのだけれど。  私のひと言に、マスターは苦笑いと言うよりも、もはや失笑していた。 「同じ乗馬クラブでも、寺島さんの方が、桃ちゃんにお似合いかもね」  さすがにそのひと言には、ぎくりとした。やっぱり私の下心はバレているのだろうか。 「寺島さん? ああ。小柄で加藤さんより若い方?」  寺島さんのことを、今、思い出したかのようにとぼけてみせた。 「実際には『若く見える方』かな? 二十代に見えるけれど、年齢不詳だよね、彼。今度、いろいろ聞いてみようか」  その後、プツリと会話がとぎれた。『ぜひお願いします』なんて言えない。寺島さんに興味がないふうを装うのに、必死だ。
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