第2章

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 セリナとリカンナは厨房に入って、目を丸くした。二人はジリナから、若様の厨房(ちゅうぼう)に手伝いに行くように命令されて仕方なくやってきた。さすがにフォーリ一人では、大変なんだなと頷いた。自分で料理すると言ってたけど、やっぱり大したものを作れないんだ、と勝手に納得してやってきた。  ところが、そうではなかった。 「フォーリ、終わったよ。」  若様が厨房の二つある流しの一つの前で言った。(にわとり)の羽が頭や服についている。若様の役目は、しめて血抜きした鶏の羽を抜くことだったらしい。袋にびっしり羽がつまっている。芋の皮をむきかけていたフォーリは振り返り、やってきて鶏の仕上がりを確認した。 「羽は残っていませんか?」 「無いと思う。残ってたら食べにくいし、綺麗に抜いたと思う。」  フォーリは桃色の肌の鶏を丹念に観察する。 「では、内臓を抜きます。」  フォーリがよく切れる包丁を使って切り、手早く内臓を(おけ)に取り出して解体した。血と内臓の独特の臭いが漂い、若様はそれを眉根を寄せて、少し気持ち悪そうに見つめた。それでも、嫌だとか一言も口にしなかった。 「次はどうする?人参の皮むき?」  気を取り直したように、若様はフォーリに尋ねる。 「じゃあ、それをお願いします。」  フォーリは手を洗うと、若様の頭と服についている羽を黙って取った。年の離れた兄が弟の面倒をみているような感じがする。 「なんか、あまり気にしてないみたいね…。」  リカンナが(つぶや)いた。心配したのは杞憂(きゆう)だったのか、それとも()えて気にしていないふりをしているのか。とにかく、若様はいつも通りの調子でフォーリを手伝っている。  大体、それ自体が(おどろ)きだ。自分の食べる料理を自分で作る王子様が、どこにいるんだろうか。 (…いや、ここにいるか。)  セリナは考え直す。それに、フォーリが料理をするということは、厨房にかかりっきりになる。若様の側についていられない、ということで若様が料理を手伝う、という構図になっているんだろう。 (この人達には驚かされてばかりだわ。) 「お前達、何をしにきた?」  フォーリに尋ねられ、セリナとリカンナは(あわ)てた。 「え、えーと、母さんにここに手伝いに行くよう、言われたもので。」  焦ってセリナが答えると、若様が嬉しそうにセリナに笑いかけてくる。 「久しぶりだね、君。手伝いに来てくれたんだ。」 「若様、よそ見をすると指を切りますよ。」  すかさず、フォーリの注意が入る。 「大丈夫だよ。」 「油断は禁物です。」  そういうやりとりが続いた。やっぱり、兄弟みたいだ。 「ここはまだ、いい。それよりも、部屋の掃除を頼む。」 「え、わたし達がですか?」 「そうだ。」  今までそんなことを言われたことがなかったため、リカンナと二人、びっくりして顔を見合わせた。いつも、フォーリが自ら行っていたからだ。 「私はこの通り、手が離せない。それから、洗濯物を畳んで台の上に置いておいてくれ。」 「それも、わたし達が…。」  セリナが言いかけたのを、リカンナがセリナの腕をつついて止めた。 「分かりました。」  リカンナにつつかれたセリナも、一緒に頭を下げて若様の部屋に向かった。もちろん、途中で雑巾や桶など掃除用具一式を持つ。  二人はおそるおそる若様の部屋に入った。豪華な調度品が並んでいるが、若様の物ではなく、ここを貸しているご領主様の物である。きちんと整理されていて、これ以上、何かする必要があるのだろうかと二人は思う。  とりあえず、少し空気がこもっているので窓を開けた。すーっと外の空気が入ってきて気持ちいい。 「はたきから始めようか。」 「うん、そうね。」  掃除は上からとジリナからたたき込まれている。セリナの幼馴染みのリカンナも同様だ。  セリナは道具入れから持ってきた台に上がり、上のシャンデリアにはたきをかけようとして、気がついた。シャンデリアに蝋燭(ろうそく)が一本もないのだ。よく見れば、壁についている蝋燭立てにも蝋燭がない。あるのは、机やテーブルの上にあるランプと燭台(しょくだい)だけだ。 「ねえ、どういうことかな。なんか、あんまり自分の部屋って感じではないね。借りているからってあまりにも、寝起きしているだけの感じだね。」  リカンナがぽつりと言った。 「うん。実際には…。」  セリナは言いかけてやめた。実際には王子様なのに、ご領主様に別荘の使用料を払わなければいけないのかもしれない、と思ったのだ。もし、そうなら蝋燭を必要最低限しか使わないのも分かるし、部屋を徹底的に掃除しておこうとする意図も分かる気がした。少しでも汚したら、何か求められるのかもしれない。 「早く掃除しよう。」  セリナは言い、リカンナも(うなず)いてあまり汚れていない部屋を掃除した。一番念入りにしたのは寝室だ。最もよく使っているし、髪が長いので髪の毛も落ちる。  二人は手早く掃除をして、洗濯物もきちんと畳んだ。服の生地は上等だ。下着も絹のようだ。初めて触る手触りに、思わず二人はうっとりして(ほお)ずりしそうになったが、ジリナに叱られるということを思い出して、必死に思いとどまった。  若様とフォーリの衣服の洗濯はジリナの担当だったので、今まで触ったことがなかった。言われたことだけをして、二人は部屋を出た。
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