0人が本棚に入れています
本棚に追加
3
「私はまだここにいる。こうやって怒ることが出来るし、望みが叶うかもって希望をもってる。心がまだ生きてる証拠じゃん」
「……」
「運命の人がいるって、本当に信じてたの。馬鹿だって何度も言われてきたよ。現実見ろって。私だって分かってる。でも、諦めたくない。このまま独りで死にたくないよ……」
「けど、人間は誰もお前を触れないんだぞ?見ることだって出来ない。それでどうやって出会って恋して、幸せになるっていうんだよ」
「出会わなくていい。恋もできなくていい。ただ、本当に運命の人がいたのか知りたい。それでもダメ?」
「……いいのか?たとえその運命の人を見つけても、お前の思ってるような人間じゃないかもしれないんだぞ?恋するような人間じゃなかったら、どうするんだよ」
「いいの。その人が私と同じ世界で生きていたって分かれば、それだけで嬉しいから。信じて良かったって思えるから。そしたら思い残すことなく天界でもどこへでも逝く」
「……」
「ね?運命の人がいたのか、確認するだけ。それならいいでしょ?」
「……分かった。でも、後悔しても知らないからな」
「うん、ありがとう!」
甚平男は懐から扇子を取り出すと、私に向かって大きく扇いだ。
生暖かい風が体を抜ける。かすかに雨のにおいがした。
次の瞬間、目の前に見慣れた場所が広がった。
私の住んでいる町の景色だ。
大粒の雨がしきりに降っていて、空ではゴロゴロと雷が鳴っている。
不思議と雨は当たらなかった。
町の人も私が見えていないのか、誰もこちらを見ない。
私は信号ほどの高さから町の交差点を見下ろしていて、隣には甚平男がいた。
「ここって…」
「今、現世は20XX年7月30日、午後5時22分」
「え!?」
「この日、ある男が、母親の持病が悪化したと病院から呼び出され、急いで向かっていた」
向こうから一台の車がすごいスピードで進んでくるのが見えた。
その時、進行方向の信号が赤に変わった。
だが、車のスピードは落ちない。
そこへ車線を横切る横断歩道を、ひとつの傘が渡っていく。
「あ、あれって」
「夕立のせいで前がよく見えていなかった男は、横断歩道にいる女に気付かなかった」
それは見慣れた柄で、自分のだと分かるのに時間はかからなかった。
濡れないように傘を深く差しているせいか、自分に迫って来る車に気付かない。
車はそのスピードのまま、傘に衝突した。
弾き飛ばされる傘と、人。
キキィと激しいブレーキの音が響き渡る。
派手な音をたてながら、雨でスリップした車は電柱に衝突し停車した。
あそこへ行かなきゃ、そう思うのと同時に体が動いた。
吸い込まれるように倒れている人へと近寄る。
やっぱり、それは私だった。
頭から大量の血が流れ、夕立の雨に溶けていく。
ピクリとも動かない自分に言葉が出てこない。
すると、ぶつかった車の方から足音が聞こえ顔をあげた。
運転していたであろう男も全身血まみれになっていて、腕を押え片足を引きずりながら、倒れている私の方へ歩み寄って来る。
「だい、じょうぶ……ですか!」
「え……?」
「だれか、救急車……救急車を!お願いします……!」
終始呆然と見ていた人達が、慌てて二人のもとに駆け寄る。
とうとう、男も意識を失い、私の隣に倒れこんだ。
私は目を疑った。
その男は、甚平男にそっくりだった。
「この男が、お前の運命の相手だ」
「うそ……」
未だ雨足は弱まらない。
私はその男から目が離せなかった。
最初のコメントを投稿しよう!