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1 処刑
「お願い、夫と話をさせて! 私が彼を誘惑したのよ! 彼は悪くないのぉッ!!」
寒い地下牢で格子に縋りつき泣き叫んでも、誰も答えない。
「エリアを許してあげて! お願い!! 私だけ殺してよぉッ!!」
夫とは政略結婚だった。
私はそれが当たり前だと思って受け入れたし、親子ほど年上の夫があちこちに愛妾を持っていても耐えた。夫はかつて私の先祖が治めていたアイマーロ地方とこのゴッジ地方を統べる大領主メルキオッレ・ヴェルガッソラだから。誰も逆らえない。
後継ぎを産むためだけの、若い後妻。それが私。
前妻のセヴェーラという女性は、子供ができないまま亡くなった。けれどマファルダという愛妾を寵愛していた夫には、マファルダが産んだ息子エリアがいた。
セヴェーラが亡くなりマファルダが妻になるはずだった。
けれどマファルダも病死してしまい、そのわずか3ヶ月後に結婚した継母の私をエリアは始め憎んでいたのだ。
私は16才。
エリアは15才。
私はエリアにとって、母親の命や幸せを奪った魔女のような存在だった。
「エリア……っ」
4年間、私たちの間には冷たい空気だけが張り詰めていた。
それなのに、私たちは夏の別荘に閉じ込められ、結ばれてしまった。
3年間、私とエリアは一つ屋根の下で愛し合った。素晴らしい日々だった。
夫は愛妾の元を渡り歩いて帰ってこないのだから、油断していた。
結婚から7年。
私とエリアは不義密通と大逆罪で、処刑される。
「ひどい……っ」
私は許されない罪を犯した。
けれど、命で贖わなければいけない事なのだろうか。
夫は愛してはくれなかった。
私は、私たちは、真実の愛に溺れただけだ。
なによりエリアは夫にとって実の息子。最も愛した女性の忘れ形見。
それなのに夫はエリアまで処刑すると言う。
どんなに叫んでも、願いが聞き届けられる事はなかった。
処刑されたエリアの生首を格子に吊るされ、私は泣くのをやめた。
こちらを向け格子の間から冷たい唇にキスをする。
静謐を湛えるエリアの死に顔に、私は彼の強さを見た。
髪飾りも、耳飾りも、首飾りも、自分で外した。
そして髪を結い上げ、布を巻いた。
エリアがいないなら、もう生きている意味がない。
静かに断首刑を待つだけだ。
昨夜、屋敷で捕えられ、今朝、エリアが処刑された。
もうすぐだ。
すぐ、彼のもとへ行ける……
「懺悔の言葉を」
「……ないわ……エリアを愛してる……っ」
断首台の前に跪き、自ら首を乗せた。
そして、エリアの名を、叫んだ。
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