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6 永い眠りの始まり(※エリア視点)
「エリア」
「……」
母の声で我に返る。
石の壁を見つめていた。振り向くと、蒼白い顔で衰弱した母が横たわっている。
「目が覚めましたか」
「ええ。喉が渇いたわ」
静かに死へと向かう母の、最後の数時間。
傍らに椅子を寄せ、沸騰させたあと少量の砂糖を混ぜた白湯を、口に含ませる。そして痩せ細った母の手を握り、安心して眠れるように、微笑みかけた。
「あの人は……?」
「結婚式の準備をしています」
「そう……私、とうとう……」
母は、自分があの悪魔と正式に結婚するものと信じている。
それが意地なのか、病による譫妄のせいなのか、こちらは判断できない。
ただひとつ確かな事は、神がまだ彼女を見棄てていないという事だ。
そして2日後。
母が永い眠りにつくと、今まで繰り返したのと同じように報せを送った。すぐに葬儀が執り行われ、束の間の悲哀をあの男は周囲に示した。その仮面の下で、好色な悪魔が、たった16才の乙女を貪る夢に涎を垂らしているとは誰も気づいていなかった。
母は教養があり人望も厚く、葬儀はその人となりを最期に示していた。
僕はメルキオッレ・ヴェルガッソラの嫡子として屋敷に迎えられた。
そして奴は息子に屋敷の西側を宛がうと、さっさと愛妾のもとへ逃げてしまった。
繰り返した通りの展開だ。
「……」
懐かしく、忌まわしい、この部屋。
母を弄び、裏切り、好色に耽る悪魔の血が、この体に流れている。屈辱と絶望と嫌悪に苛まれ過ごし、生きる目的さえ失った頃、彼女がやってくる。
フローラ・アイマーロ。
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