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甘い乳の香りさえ漂ってきそうな、幼い顔立ちの乙女。
陶器のように白い肌と、内気そうな眼差し。
自身が生贄に捧げられただけの憐れな羊だとも気づかない、純粋な心。
最初は、母が与えられるべきだったものすべてを手にし悠々自適に暮らす、たった1才だけ年上の継母を嘲笑っていた。軽蔑し、憎んでいた。
彼女もそれを感じていたので、屋敷に東西に分かれて暮らしていたとしても、緊張と恐れを抱いていたようだ。
4年、冷たい日々を送った。
けれどあの日、全てが変わった。
過激な一派がヴェルガッソラ暗殺を企てたのを機に、奴は妻であるフローラをアイマーロ地方の別荘に移した。
──エリア。お前に護衛を任せる
──……なぜです
──これを機に家族らしくなれ
馬鹿げた話だと思った。
しかし別荘に移り、否応なく顔を合わせているうちに、自らの憎悪は的外れであったと悟らざるを得なかった。
フローラは、傷ついていた。
──妻失格でもこうして守って貰えるのだから感謝しないといけませんね
寂しそうに微笑む彼女に、胸がかき乱された。
破瓜の痛みがもとで、行為に及ぶと、泣いて、震え、硬直してしまうのだという。
──お前はなにも楽しくない、と言われました。
──継母さん……
──本当に、あなたのお母様が生きてらしたらよかったのに……
そして、夕暮れのなか。
頼りない目で見あげてくると、彼女は言った。
──ごめんなさい
──あなたは悪くない
あれが、始まりだった。
フローラは愛らしかった。いじらしく、素直で、心優しく、清らかだった。
たちまち恋は燃え上がり、暴動が落ち着いて屋敷に戻ってからも毎晩フローラの元へ通った。相変わらず奴は愛妾の元を渡り歩いて帰ってこない。フローラを愛してなにが悪い。奴はフローラに相応しくない。フローラは愛されるべき素晴らしい女性であり、他の誰でもない……
──僕のものだ、フローラ
──エリア……愛してるわ……
この腕に抱かれ輝きを増していくフローラは、眩しかった。
3年間続いた愛の日々は唐突に終わった。
怪しんだあの悪魔は、フローラの寝室の真上、図書室の床に覗き穴を開けたのだ。これはフローラは知らない。愛しあう妻と息子を見て激高したせいか、元の邪悪さがなせる業か。奴は、発覚した夜のうちにこの首を切り落とした。
「……」
2度目に彼女は、身を呈して妖婦を演じた。
3度目に彼女が、そこまで思いつめた理由がわかった。
奴は、この首をフローラの牢に吊るし、無垢な心を壊したのだ。
「……」
首元をなぞり、辿るべき死に想いを馳せる。
残虐で傲慢なあの悪魔にフローラを近づけるべきではない。忌まわしい結婚さえなければ、フローラが穢される事もない。
フローラの痛みは消えない。
けれど、今、傷ひとつない体に帰っているなら。
今度こそ、彼女を守る。
懐かしく忌まわしいこの部屋に、囚われるのは僕だけでいい。
一刻を争う。フローラの父親を説得しなければ。
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