2 父の言葉、夫への微笑み

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2 父の言葉、夫への微笑み

「フローラ」 「!」  私は息を止め、背筋を伸ばした。    目の前に父がいる。  それに、覚えのある光景だった。生まれ育った家の、食卓。  忘れられるはずがない。  父が私を、悪魔に売り渡した日だ。 「お前の結婚相手が決まった」  どうして。  私は死んだはずなのに、どうして、過去に戻って来たのだろう。  夢を見ているのだろうか。 「これでアイマーロの地を取り戻せる。必ず息子を産むんだ。息子が産まれるまで、ヴェルガッソラを離すな」 「お父様……?」  私は注意深く記憶を手繰った。  父はあの時、この瞬間、そんな事は言ってなかった。  違う言葉を発している。   「……」  私は重大な事実に気づいた。  私はまだ実家にいる。エリアの母親が流行り病で亡くなった頃だ。  エリアが生きている。 「フローラ。これは私たち一族のため、この地に住まうすべての民のための結婚だ。務めを果たせ」 「ええ、お父様。もちろん、わかっています」 「いい子だ」  私は呆然と過ぎていく日々に身を任せた。    結婚式も引っ越しもまったく同じように進んだ。  初めてエリアと顔を合わせたのは、ヴェルガッソラの屋敷に住み始めて6日目の事だった。彼はまだ母親マファルダの喪に服しているという理由で、人前に姿を現さなかった。  私はマファルダという愛妾が産んだ子を引き取ったとは聞いていたけれど、まさかこんなに大きいとは思っていなかったので、無邪気に驚愕したのだ。一回目は。 「フローラ。息子を紹介しよう」 「……」  エリアは蒼白く、けれど美しかった。  懐かしさと愛しさで叫びたくなる。  彼は結婚するはずだった母親の喪中であるにも関わらず、自分と1才しか違わない後妻を迎えた父親の事を静かに憎んでいた。そして継母となる私の事は、母親の命も幸せも奪った魔女だと、憎んでいた。  父親と違い、エリアは寡黙で感情を表に出さない。  だから、最初エリアに会ったとき、正直、恐かった。  彼が私をよく思わないのは当然なのに、一緒に暮らしていかなければならないのだ。  でも、もう、私は無垢な乙女じゃない。  エリアを愛し、喪い、16才の体に戻って来た大人の女だ。
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