90人が本棚に入れています
本棚に追加
屋敷の西と東に分かれて暮らしているため、エリアと顔を合わせる機会がそもそもかなり少ないのが救いだ。こんなに穢れた私を彼の目に晒すなんて地獄でしかない。
そうして日々を重ねていくうちに、気づけば1年経っていた。
私はまだ妊娠していなかった。
だから夫の気を引き、夫と浅ましい関係を続けていた。
ある夜。
夫が帰ってこないので、私は気を抜いていた。相手に感謝し、誰とも知らない愛妾のために祈りを捧げたいくらい気が緩んでいた。
寝支度を整え、夫がいないという事を満喫するため、屋敷の中を歩いていた。もちろんエリアの暮らす西側へは行かない。
心地よい疲れを纏い寝室に戻った瞬間、背中を押され前のめりに激しく転んだ。
「!」
混乱と恐怖で慌てて身を起こし、背後に気配を感じた。
「だれか……っ」
恐怖は、声を奪う。
夜の闇が侵入者の姿を隠し、私は窮地に陥っていた。
首に紐がかかる。
「……!」
駄目。
まだ、こんなところで殺されるわけには……
「……」
違う。
私が殺されてしまえば、エリアは私を愛する事もできない。
そうだ。どうして気づかなかったのだろう。
散々、あの悪魔に体を捧げる必要なんて、なかった……
「……っ」
安らぎと悲哀に包まれ、涙があふれた。
私の首を絞める強い力に、呼吸も意識も奪われていく。
誰かは知らない。
でも、ありがとう……
私を救ってくれる殺人鬼に、心から感謝した。
けれど。
「懺悔しなかったのは、これが真の姿だからなのか」
「!?」
エリアの冷たい声に、死の淵から覚醒した。
私は激しく抵抗したけれど、美しくても逞しいエリアの力に勝てるわけもない。
エリアに憎まれたかった。
それで彼を救いたかった。
彼の手にかかって死ぬなら、いちばん幸せなはずだった。
だけど、どうして……
「……かはっ」
どうして今のエリアが、前回、私が懺悔しなかった事を知っているの?
「……」
混乱と恐怖がやがて、途方もない恍惚感に変わった。
私はエリアの腕に、もうつかまっていられず、身を任せた。
そして。
「フローラ」
「!」
父の声で、目を覚ました。
最初のコメントを投稿しよう!