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4 届かない言葉
確かめなければならない。
エリアも、私と同じなのかという事を。
父から結婚相手を告げられ、静々と務めを果たす気持ちを伝えてから、3度目となる結婚準備期間を逸る気持ちを抑えて過ごした。
ただ、もう、あの汚い豚に体を弄ばれるのは嫌だった。
どうせ死ぬのなら、エリアに純潔を捧げよう。
私は大領主で夫メルキオッレ・ヴェルガッソラとの初夜を拒んだ。
死闘を覚悟したのに、まだ私を見初めてすぐだったからなのか、貞淑な幼妻の恥じらいと恐れという評価で難なく終わった。
性欲は愛妾で満たせばいい。
メインディッシュは取っておこう。
そういう心積もりに見えた。
あまり長くはもたない。
あまりに拒み続ければ、むりやり体を開かれる。
けれど、母親の喪に服していたエリアが私と挨拶を交わすのは、結婚式からわずか6日目の事だ。私はできるだけ怯えて見せ、夫の同情を買った。夫は幼すぎる妻に手を焼きつつ、心を和ませようと努めた。意外な姿だった。
「フローラ。息子を紹介しよう」
「……」
互いに探るような目をして、私たちは顔を合わせた。
エリアは蒼白く、けれど、美しい。
私が16才の体に帰ってきた大人であるように、彼もまた15才の体に帰ってきた大人なのだとしたら。
私たちは……
「エリアだ」
「あの泣き声はお継母様ですか?」
「……っ」
驚きと期待で息が弾み、私は両手を握り合わせて俯いた。
夫にはそれが、恥じらいに見えただろう。
「無礼な物言いはよせ。いつまでも過去を引きずるんじゃない」
「あれほど熱く求めた母が亡くなってまだ間もないうちに、息子と同じような年の娘を犯すんですか?」
「エリア!」
「っ」
エリアの静かな声音には憎悪が込められていて、夫は瞬く間に本性を現した。
私の肩を抱いていた手を放り投げるように離すと、大股でエリアに近づき、その頬を打った。
「!」
私も彼のもとへ駆け寄りたかったけれど、堪えた。
今回、夫の目には、怯えた取るに足らない小娘として映っている。それに、彼に私の助けは必要ない。頬を打たれたくらいで、エリアは死なない。
「お前ごときが生意気な口を利くな! 跡取りはフローラが産む。俺が法律だ。逆らえばどうなるか教えてやる」
「!?」
夫はエリアの腕を乱暴に掴むと、あの地下牢へと向かって歩き出した。
さすがに放っておけない。まさか、こんな口喧嘩で処刑とまではいかないだろうけれど、激高した夫がエリアになにをするかわからない。
私は泣いて取り縋った。
「お待ちください!」
「離せ!」
「お願いします! 彼はお母様を亡くされたばかりなのです! あなたに反抗したわけではありません! 私を許せないだけなのです! 私が罰を受けます! 私を殴って下さい! すべて私が代わりに引き受けますから!!」
「……」
エリアが凝然と私を見つめている傍で、夫も苦々しい目を私に向けた。
夫はエリアの腕を掴む力を緩め、呻るように吐き捨てた。
「お前の務めは馬鹿息子の代わりじゃない。女らしく股を開け」
「……!」
エリアの前で言われるには、辛過ぎる言葉だった。
でも、今ここで首を横に振ったら、きっと前と同じ事が起こる。
今夜だけ、堪えればいい。
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