90人が本棚に入れています
本棚に追加
すべての輝かしい愛の日々が蘇り、私はエリアを抱き返して泣き叫んだ。震える手でしがみつき、彼の体温や、覚えているより少し細い少年の体付きや、匂いや、髪や頬の感触を貪った。
「すまなかった。やり直す奇跡を神が与え賜うたと思ったのに、君があの男に夢中で気が狂ったんだ。でもあとで、君の侍女から聞いた。君はいつも耐えていたって。自分に、逃げるなと言い聞かせていたって」
「……」
ひとりきりのとき。
侍女たちを人とも思わず、入浴中や着替えの時、たしかに独り言を洩らしたかもしれない。
「愛してるわ、エリア……!」
「君を手に掛けた。もうそんな資格は、ないのに……!」
「愛してるわ!!」
エリアが性急に抱擁を解き、私の顔を掌で挟む。激しい口づけだった。
ああ、エリアだ。
私の愛する、エリア。
「あなたを守れなかった。ごめんなさい」
「いいんだ、フローラ。僕が君を守るべきだった。あの悪魔を人間だと信じていた僕が愚かだったんだ。最初から戦えばよかった。君と逃げていれば……!」
エリアが息をのんだ。
そして私の手をとり、立ちあがる。
「逃げよう」
私たちは息を潜め、足音が立たないように裸足で屋敷を抜けだした。
そして月灯りだけを頼りに中庭を駆けていた、その時。
「!」
エリアの肩に斧が刺さり、彼が倒れた。
「……あ……」
振り返ると、燭台を持つ誰かがいた。
それが誰かはわかっていた。
「フロー……ラ……」
前のめりに倒れたエリアが、横向きになって私を呼んだ。
最初に彼の生首を見た時より、辛かった。今のエリアは血を流し、苦悶に顔を歪めている。
力なく彼の傍に崩れ落ち、震える手で頬に触れた。
彼も、私の頬に触れた。
「逃げろ……!」
「行かないわ」
私はまた泣いていたけれど、そう囁いて、微笑んだ。
「あなたと一緒にいる」
「逃げ、ろ……」
背後に夫が立った。
エリアの肩から乱暴に斧を引き抜いた。そして、私の上で構えている気配がする。
確かめる価値もない。
私は、エリアと見つめ合っていたい。ひとりでは逝かせない。
「次は……来るな、……生きて……くれ……」
「愛してるわ、エリア」
懐かしい死の感触に、私は身を委ねた。
最初のコメントを投稿しよう!