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「むほほほほほほほほ!」
男は生暖かい西風に乗って走りまわり、往復六車線の国道を真一文字に横切った。驚いたクルマたちが次々と急停止した。クラクションと、そして罵声が飛び交った。
「馬鹿野郎!」
「死にたいのか!」
「むほほほほほほほほ!」
男はクルマとクルマの間を疾風のように走り抜けた。クルマたちが続々と斜めになって止まる。
「馬鹿野郎!」
「歩道橋を渡れ、非常識野郎!」
「むほほほほほほほほ。ほーっ!」
男は飛んだ。
黒塗りのレクサスが男をはね飛ばしたのだ。ノーブレーキだった。男は飛んだ。男は笑いながら空高く舞い上がった。男は回転しながら落下した。男は焼けたアスファルトに蛙のように叩きつけられ、ついには狂乱の生涯を終えた。
黒塗りのレクサスがハザードを点滅しながら左に寄ってゆっくりと停車した。左右のドアが開き、黒っぽい背広姿の男ふたりが悠然と降り立った。ふたりとも身なりは完璧だが、その陰惨な顔つきは暴力団高級幹部としての素性を隠せない。
「轢いてしまったようだな。しかもノーブレーキで」
助手席から降り立った男が言った。無表情。眉ひとつ動かさない。
「ちっ」
運転席から降り立った男が忌々しげに舌を打ち鳴らし、ゆっくりと言葉を吐き出した。「急に飛び出して来やがった」
「どうする?」
「身代わりを立てる」
「それが無難だな」
「なにしろ俺たちはヤクザだからな」
ふたりのヤクザは路上に這いつくばった男になど見向きもしない。息を殺し、ただ静かにレクサスを見下ろした。ふたりは傷ついたボンネットを暫し眺め、そして顔を見合わせた。
「ちくしょうめ。ボンネットに歯形がついてやがる」
「死ぬ間際にクルマを噛みやがった。まったく、なんて野郎だ」
了
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