噛む男

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男は白いハンカチで顔の汗を拭い、何事もなかったかのように公園のベンチに腰かけている。 近道なのだろう。二十歳ぐらいの女子大生がふたり並んで歩いている。ふたりの女子大生は男の目の前を横切った。公園のすぐ目の前には女子大学がある。男は女子大生ふたりの胸と尻と大学の講堂を見比べながら「むほほ」と笑った。 「スマホ買い換えたんだあ」 「いいなあ。私も新しいの欲しいなあ」 「前のと比べて画面が見やすいんだあ」 女子大生が真新しい携帯電話を取り出した。刹那。音もなく忍び寄った男が真新しい携帯電話に噛みついていた。 「きゃー! 変態! 噛みつき魔!」 悲鳴を背中に受けながら、男はつむじ風となって公園を縦横に駆けまわり、やがて陽炎の彼方に消えた。 「むほほ。若い女の貴重品は噛めば噛むほど味わい深いものですなあ。むほほほ」 後に残るは携帯電話の歯形のみ。その気持ちの悪さは二十歳の女には耐え難い。残された歯形は女の精神に生涯消えることなき深い深い傷跡を残すのだった。
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