10 獅子の雄叫び

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10 獅子の雄叫び

 ミルスカ帝国の侵略軍が撤退した。  王太子妃の一族で組まれた忠誠隊が結果的に大活躍したという事で、真鍮製の獅子の像が造られた。私含め、私の父と親戚一同、ポカーンとそれを見あげている。   「……喜ばないわね」  姑が呟いた。  正直、なんの価値も感じない。  結果を出したのだから、それで満足していた。気持ちはありがたいものの、どうせならその経費で新しい武器や防具を増産なり開発してほしかった。  あと、肉が食べたい。  酒もしこたま飲みたい。  勝利を祝う宴だと思って、喜び勇んで城に集まったのに……  みんなそう思っているはずだ。   「これは、君たちに感謝し、讃えているんだ。本当だ」  夫が耳打ちしてくる。   「代表で私が挨拶するべき?」 「そうしてもらえると助かる」  私は大きくせり出した腹部に手を添えながら、腰をあげた。 「おお……!」  私が立ち上がった事で、一族の視線が獅子の像から私に移った。   「お父様。伯父様、叔父様、大叔父様、従兄弟とはとこ、その他ご親戚の皆さん」 「……」  姑が頭を抱えている。  王妃としての地位をこれから築いていかなければならない彼女より、はるかに私のほうが前途多難だと思っているのだろう。私の分も嘆いてもらってしまって、まあ、申し訳ない。 「この像は、武勲をあげた事に対しての、国王陛下からの、感謝のしるしです」 「……」 「国王陛下への感謝を、皆さんを代表して私が……」  親戚一同から、玉座につく舅、隣の姑、斜め横に座る夫のほうに体を向けて、異変に気付いた。私の母と姑が同時に立ち上がり、駆け寄るか否か逡巡している。 「いったぁ……」  陣痛、来たっぽい。  今までに経験した事のない痛みに、腹部を抱え蟹股になってしまう。   「おおおおおおおっ!!」  親戚一同が、沸いた。  夫が駆け寄ってきて、私を支えてくれた。それから母が来て、姑も来た。父が飛び掛かって来たのを、母が押し返す。 「サラ!」 「サラ、大丈夫かい? 産まれそうか?」 「たぶんねっ」  最高に痛い。  昂るかどうかというより、とりあえず痛い。 「おおおおおおっ!」 「王子かッ!? 王女かッ!?」 「王族の親戚になるぞッ!!」  真鍮の獅子の像はそっちのけで親族が私に押し寄せてきて、ついに衛兵が動き出した。私は夫にしがみついて呻った。 「もう親戚よ……っ」 「まあ、ただの縁戚関係から血縁関係になるわけだから」 「サラ。行きましょう」  汗が噴き出し、いよいよ未知の扉が開かれた。  母は父を宥めているので、私は夫と姑に付き添われ産婆の控えた部屋に向かった。 「おおおおおっ!?」 「ここで産むわけないでょうッ!!」 「おおおおぅ……」  なにを残念がってるんだか。    お産が始まると、早々に姑が夫を追い出してしまった。そして母も駆けつけてくれた。ちょうどよく親族揃っていたので、いい面と悪い面がハッキリわかる。 「ふんばれぇぇぇッ!」 「いきめぇぇぇッ!」 「サァーラ! サァーラ! サァァァラァァァッ!!」 「サラ、投獄してもらう?」  外で騒ぐ男たちについて、母が私の汗を拭きつつ言った。 「……っ、ぶちこんでぇッ!!」 「サラ!」 「オリヴァーは来てッ!」  私は夫に傍にいてもらいたかったし、夫も立ち合いを望んでいたので、姑には悪いけどそう叫んだ。 「頭のほうにいなさい」 「それがいいわね」  姑と母が一致団結している。  私は夫の手を握り、頭を撫でて励まされながら初産に臨んだ。 「おんぎゃあっ」  そして元気な男の子を産んだ。  夫が泣いて、母が燥いで、姑が微笑み、産婆が労ってくれた。  息子を抱くと、喜びに溢れ涙がこぼれた。  人間て凄いわ。
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