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11 女神の素顔
「サラ。君は神が与えた女神だ」
「大袈裟ね」
産後の体調が整うまで、息子は母と姑と乳母と親戚たちと私が持ち回りで世話する流れになり、気楽に夫と寝ていられてむしろよかった。
感動的だったけれど、まあ疲れたから。
ちなみに、親戚には女性もいる。
騒がしく我の強いのはなにも男たちばかりではない。
夫が私の髪を指に絡めながら、肩口に顔を埋める。
「仮面を外したら泣き虫になったわね」
「君が強すぎるんだ……っ」
「次は女の子を産むわよ。他所へ嫁いじゃうけど、あまり継承権争いとかないほうがいいでしょ」
「そうか……私は幼い頃、弟が欲しかった」
「まあ、男の子でもいいわ。喧嘩しないように躾けて、なんなら向こうの国をもらってもいいし、ミルスカの領地をぶんどってもいいしね」
「講和を検討してくれ」
夫の髪を撫でて、ベッドの感触を楽しむ。
今はとにかく、ゆっくり休みたい。
「名前は? いろいろ考えたんでしょう?」
妊娠中、もちろん出産の事ばかり考えていられるような状況ではなかったし、作戦やら遠征やらとそもそも落ち着いて話せない日も多かった。
だから、生まれるまでコレとは決めず、私が女の子の、夫が男の子の名前を考えておいて、生まれてから話しあう事にしておいたのだ。
「ああ。考えたよ」
むくりと夫が顔をあげる。
「ゲーアノート、イージドール、ルンドブラード、シモン」
「シモン」
「シモンがいい?」
「シモンにして」
「わかった」
自然と笑いがこみ上げて、夫がふしぎそうな顔で私を見つめた。
「私が女神なら、あなたは天使かなって考えたけど、違うなって」
「ああ……君には花も宝石も喜んでもらえないからな。私は貰ってばかりなのに、不甲斐なくてすまない」
「楽しい人生をくれたわ」
「君が、私の顔を見て胡乱な表情を浮かべた時」
「うろんって?」
話の腰を折って悪いけど、意味がわからないままだと困るし。
「ふしぎそうで、怪しそうで、疑わしそうで、不確かな感じだ」
「ああ。痣がなかったから」
「あんなにすんなり受け入れてくれるとは思っていなかったから、都合のいい夢を見ているのかと思った。でも君は我慢するような性格じゃないから、本当に嬉しかった。どれだけ嬉しかったか言葉では伝えられない。君は私に、私が望む以上のものをいつも与えてくれる」
「……あなたも、顔じゃなくて……」
「サラ?」
急に体が重くなり、目を開けていられなくなった。
それでも眠ってしまう前に伝えたくて、私は目を閉じたまま言った。
「人格を、気に入って、受け入れてくれたから……嬉しかった……」
「サラ……? サラ!? 大変だ。急に熱が……!」
夫が起き上がり、大声を出した。
誰か呼んでいる。
慌ただしい雰囲気が、ひとつ膜を張った向こうで起きているような、変な感じ。
「産褥熱ですね」
「医者を呼んで!!」
「サラ! サラそんな……! 死ぬな!」
「……オリヴァー……」
夫が泣いているような気がして、一生懸命、目を開けた。
私の手を握っているから、彼の不安が伝わってくる。私はもう声が出なくて、でも、微笑んだ。心配するような事はなにもない。元気な後継ぎを産んで、あとは休むだけ。
「……サラ!」
まさか自分が、死の淵にいるなんて思いもしなかった。
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