1 おやつを食べていました

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1 おやつを食べていました

「イーリス。マフィンを余分に作らせてあるから、もらってきなさい」 「ありがとうございます! 王妃様!」  私はイーリス・レントリ。  政務官の父から推薦を受け、宮廷で王妃アレクサンドラ様の侍女をしている。   「あら、イーリス。なにか嬉しい事でもあった?」 「ええ。マフィンを頂けるの!」 「そう。よかったわね」  今すれ違ったのは、衣装係のドーリー。  宮廷内ではいろいろな事が起こるけど、私はみんなによくしてもらっている。  理由は自分でもよくわかっている。  私は、美しくない。  少し太っているし、顔も平凡でぜんぜんモテない。  だからいろいろな派閥があるけれど、誰にも相手にされなかった。  敵がひとりもいないのだ。  綺麗なお城で、綺麗なものに囲まれて、王妃の身の回りのお世話をしながら、平和に暮らしている。  そして度々、王妃が私におやつをくれる。  最高だ。  王妃が自国から呼び寄せたコックも、とっくに私の顔を覚えていた。 「やあ、イーリス。来たね」 「お疲れ様。王妃様がマフィンをくださるって」 「ああ、聞いてるよ。それとこれは味見の分。鴨のソテー田舎風。食べるかい?」 「ええ、ぜひ!」  そして幸せいっぱいにおやつを頬張っている時、彼が現れた。  戸口から金髪が覗いた瞬間、空気がキラリンと音を立てた気がした。  第二王子ヨハンだった。  私は、鴨と玉ねぎを口の端から垂らしたまま、息を止めた。 「殿下! どうされました!?」 「えっ、殿下!? ほんもの!?」 「なんで!?」  厨房は騒然となった。  ヨハン王子は朗らかな笑みを浮かべ、踊るように中に入ってくる。 「いやぁ、母上が異国の美酒を隠し持ってないかと思って、確認しにきた」 「ありますよ。甘いロゼに、100年物の──」 「君は……?」 「ふぁい?」  すらりと背が高くて甘い顔立ちのヨハン王子が、私の顔にぐっと顔を寄せた。 「ごふっ」 「ああ! 大丈夫!? ごめんね、驚かせて」  高貴な王子の美しい手が私のむっちりした背中をさすった。  驚きすぎて噎せる感じが治まらない。コックが王子にミルクを渡し、王子が私の口にミルクを宛がう。  甘い匂いには逆らえない。 「……っ」 「ゆっくり飲んで。さあ、ゆっくりね」 「……、ぷはー」  さて、どう言い訳しよう。  と思ったら、王子が袖で私の口元を拭いた。もう仰天だ。   「なんて可愛いんだ……」 「?」  ヨハン王子はなぜか私の肩を抱いて、口元を拭いたあとには指先で頬を撫でた。   「……」  ぽかーん。    私は王子を見つめた。  みんなは私と王子を見つめていた。 「君みたいな可愛い子がいたなんて知らなかった。名前は?」 「……イーリスです」 「イーリス。僕のふわふわ砂糖菓子ちゃん♪」 「…………え?」  これがヨハン王子との出会い。  びっくりよ。
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