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「写実的な画法に定評のあるバジンカに10日間イーリス嬢を観察してもらい、現在の姿を描いてもらいました。それを彫刻家に見せ半分サイズの裸像を作らせ、私の指示通り贅肉部分をゴリゴリと削らせ、そうして完成した美しいイーリス嬢の裸像を元に再びバジンカが描いた肖像画がこちらというわけです」
「裸像……」
なんという事だ。
10日間もバジンカ小父さんに見張られていたなんて!
「裸像は、どこに、ありますかっ?」
「黙っていなさいイーリス」
「はい、王妃様」
言いたい事もぐっと我慢して姿勢を正した私の手を、クロードが引いた。
「御覧なさい、これが本来のあなたの姿です」
「……」
「鳩のように可憐な姿は、まるで神々に愛される神話の中の乙女のよう。甘い香りに誘われて、世界中の男があどけない乙女に夢中になります。……ん? イーリス嬢、いい匂いがしますね」
「あ、これは」
クロードが真正面からの私を覗き込んで、つい、息が止まった。
普段厳しくて恐いクロードも、これでなかなか綺麗な顔立ちをしている。だからこそ恐いのだけど、そんなクロードが値踏みするような目で私を見ないのは、これが初めてだった。
ずっと、嫌われていると思っていた。
それに、馬鹿にされ、蔑まれていると。
だって、クロードは私を認めてはくれないから。
そんなわだかまりが溶けて、私は初めて、クロードに微笑んだ。
なんだ。この人、恐くないんだ。
「クロードさんも、神話に出てきそうなお顔ですよね」
「!」
クロードが息を呑んだ。
「……?」
つい最近も同じような事があった気がして、ちょっと考える。
「ああ」
話の途中だったと思い出し、私はポンと手を打った。
ポケットからヨハン王子からもらった香油の小瓶を取り出して、蓋をひねる。
「ヨハン王子がくださったんです。私をイメージした香りだそうです」
くんくんと鼻を寄せると、クロードが真面目な顔で考え込んでしまった。
王妃もじっとしている。
「あ、そうだ。この香油をこの絵に塗ったらどうでしょう。チョンっと……」
人差し指に垂らした一滴の香油を、肖像画の痩せた場合の私の首筋あたりにこすりつける。
「ほら」
我ながら名案だ。
王妃に共感してもらおうと期待たっぷりに振り向くと、王妃もだいぶ考え込んでいた。
「……?」
えっと、これ以上は、もう、考えてない。
バジンカ小父さんだけがほくほくと笑顔で頷いてくれた。
クロードが私の横に立ち、肖像画に触れた。そして、美しいらしい痩せた私を見つめた後で、現実の私を見つめた。まるで、初めて会ったような顔をしていた。
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