11 実らなかった初恋(※王妃視点)

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11 実らなかった初恋(※王妃視点)

 窓から愚息と可愛いイーリスの燥ぐ姿を見おろして、虚無を感じた。 「……」 「ふむ。やはりイーリス嬢はやや丸みがあっても可憐でしたが」  まるで砂にでもなったような気分だ。  王妃アレクサンドラという砂の像が、風に吹かれてサラサラと崩れて消えそう。 「痩せると城映えしますね。実に可憐で美しい」  政略結婚をして世継ぎを産んで、私は務めを果たした。  敵国同士が協力関係を結び、外交も順調、もう余生を楽しめばいい。 「あの髪がいいですね。薄すぎず濃すぎず、硬すぎず柔らかすぎず、長すぎず」  嫁ぐ前、熱い恋に身を焦がした事を、ずっと忘れていた。  結婚が決まって、泣き喚いて拒み、修道院に入れと脅され、恋人の伯爵を投獄すると脅され、あの人の身の安全を取り付けてこの国に嫁いできた。 「歩くだけで弾むのですよね。そして風にたゆたう、真綿のような軽さ」  なぜなら私は、姫だったから。  私はお人形。  アレクサンドラという少女の心は、あちらに置いてきてしまった。 「結んでよし、解いてよし、撫でてよし梳かしてもよし」  イーリスのように、手をつないでスキップした時代が確かにあった。  そしてそれは、失われてしまった。  心の潤いも、熱さも、喜びも、冷たい眠りについている。 「やはり髪は女の命ですね。実に編み込みやすそうな髪だ」 「あなたにはあげないわ」 「はい?」  愚息と忌み嫌ったのは、私が夫を嫌いだからだ。  私の恋を、心を、すべてを踏み躙って国交と世継ぎを手に入れ、自分は色狂い。  許せなかった。 「本当のヨハンを知らなかった。クロード、あなたが暴いた」 「健康は秘密でしたか?」 「ええ。とっくに梅毒でヤク中かと思っていたわ」 「実に喜ばしい事ではありませんか。糖分の過剰摂取が及ぼす人体への害悪についても、理論的に説明すると非常に深い理解を示してくださいました。あなたの血を引いて聡明な王子です」 「そうかもね」  窓辺を離れ宛もなく歩き出す。   「イーリスはモテるかしら」 「それはもう。私の周りでも、すでに声があがっています」 「そう」 「多くの大臣や貴族が、私に下心があると考えているようです。なんといってもイーリス嬢はレントリ卿の一人娘ですからね」 「そうよね。色狂いの国王陛下に変わって国政を担うレントリ卿が父親の、可憐なイーリス。モテるわよね」 「やはりダイエットは人生を拓きますね。私の目は正しかった」  クロードは時折、自己愛の強さを口に出す。  自尊心が高く知識や実力が伴っているのはよい事だ。それを他者に示す事も、望ましい。なぜなら、クロードは男だから。   「イーリスは誰にも渡さない」 「まあ、問題ないでしょう。一国の王妃の侍女ともあれば忠誠心と家柄があるに越した事はないですから、結婚後もお傍に置かれるとよいのでは」 「置かないわ」 「はい?」  イーリスを愛して、胃袋から幸せにしつつ健康管理をできる夫を、私が探して嫁がせる気でいた。それは当然、愚息ヨハンではなかった。  でも、ヨハンは愚息ではなかった。  そしてイーリスを愛している。  なによりイーリスが、ヨハンを摂取して輝いた。  イーリスの心がいちばん大切だ。  愚息でないなら、いいではないか。 「イーリスを娘にするのよ。ヨハンに爵位を与え、嫁がせる」
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