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15 新しい朝(※レントリ卿視点)
「レントリ卿、ちょっとよろしいですか?」
「殿下」
早朝、執務室に向かっていると王太子エイベルに出くわした。
よく顔を合わせる相手ではあるものの、人目を忍ぶように唐突に現れたので、気になった。
「もちろん。なにか問題が?」
「いやいや。なにもありません」
そんなわけあるか。
「レントリ卿。こんな日はクロンビーに行かれては?」
「……いえ、特に用はありませんが」
「いやいや。これまで多忙で顔は合わせなくともこの城内で共に過ごしていたようなものだった一人娘が、能天気な王族の夫と田舎へ飛ばされたのです。心中お察ししますよ」
「いい夫婦です」
なんの茶番だ。
「もちろんです。弟はあれでいて繊細なところもありますので、妻の心情も手取り足取り大切に扱う事でしょう。そんな大切にされている娘に会いたいはずです、レントリ卿」
「……いえ、特に急いではおりませんが」
「人生は短い。あなたには愛娘の幸せな顔を眺めてのんびりと過ごす無為の時間が必要です」
「殿下。私を追い払いたいのですか?」
冷酷な笑みを浮かべ、王太子エイベルの化けの皮が剥がれた。
「あなたはいずれ私の甥か姪のじぃじになる御仁です。清々しくも芳しい初秋の日に、家族団欒のピクニックや弟お抱えの楽団や道化師たちと、牧歌的かつ芸術的な休息をとって頂きたいと思ったまで。親切心ですよ」
「仕事があります」
「どんな時も、職務を全うできる環境が守られるわけではないのですよ」
鋭利な煌めきを瞳の奥に見て、息を呑んだ。
今、この城で、なにかが起ころうとしている……。
「休暇は数日ですか? 永遠ですか?」
「数日です。帰ったらすぐ大仕事が待っているので、どうぞ羽を伸ばしてきてください」
「御厚意、感謝します」
そして私は娘の嫁いだクロンビーへと旅立った。
これが王太子エイベルと交わした最後の会話となった。
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