2 甘い香りに誘われて

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2 甘い香りに誘われて

「……」 「どうしたの、イーリス? 鼻がひくついているわよ」 「美味しい匂いが……」  王妃の宝石箱を整理しながら、私はゆっくりと顔を巡らした。  侍女仲間たちは溜息をついて黙々と作業を続けている。 「手がお留守よ」 「もう、貸して。食べても困るし」 「……いい匂い」  猛烈な誘惑だった。  今までこんな事はなかった。    なぜ今日、王妃の部屋の近くにこんな甘い匂いが漂ってくるのか。 「近づいてくる……!」 「ああ、たしかにいい匂い」 「なにかしら」  戸口にデコレーションケーキが現れた! 「ケーキよ!!」 「きゃあ! 殿下!!」 「えっ!? 殿下!?」  たしかにヨハン王子の姿もある。  ヨハン王子は片膝をついて銀のトレイを持ち、扇いで匂いを送ってきている。  罪深い……! 「ででっ、殿下! こんなところでなにを……!?」 「ケーキ……」 「イーリス! ふらふらしないで、失礼よッ」 「さぁ~僕のお砂糖ちゃぁ~ん美味しい美味しいふわふわケーキだよぉ~」 「「 え 」」  気づくと私は廊下に座り、窓の下でクリームを舐めていた。  隣には第二王子ヨハンが匙を手にニコニコしていた。 「美味しいかい?」 「ふぁい。おいひぃれす」 「ほらイチゴだよぉ~」 「イチゴッ」  滅多に食べられない大粒のイチゴに、齧り付く。  甘酸っぱい果汁が弾けて、クリームと溶け合って、私も溶けちゃう。 「んんん~っ!」 「うぅ~ん、おぃしぃおぃしぃっ、おぃしぃおぃしぃっ♪」 「んっんっ」 「あなたたち、ここでなにを」  私とケーキと王子は不吉な影に覆われ、顔をあげた。  王妃アレクサンドラが目を剥いていた。 「やあ、母上」 「ヨハン。久しぶりに顔を見せたと思えば、私の侍女になにを」 「水臭いですよ。こんなに可愛い子がいるのに教えてもくれないなんて」 「イーリスは純粋な子で、あなたと遊ぶには子供です」 「偏見ですよ。僕は愛と平和に生きていますぅ~はぁ~いあぁぁぁぁん♪」 「ああああん♪」 「イーリス!」  王妃の声が、遠い。 「もうっ、こんな大きなケーキを与えて! あげただけ食べちゃうんだから、あげるほうが量を考えないと!」 「でも見てください、この幸せそうな顔! あああ、なぁんて可愛いんだ」 「可愛いからって胃袋は無限じゃないのよ!」 「大丈夫ですって、母上。砂糖とクリームは雲みたいなものですって」 「いきましょう、イーリス。ミントティーを飲みましょう」 「渡しませんよ、母上。さぁ、イーリス。ここを舐めてぇ~」  銀のトレイにみっちりついた、ケーキの底を支えていたタルト部分。  最後の最後まで楽しませてくれる、サクサク。  べろんっと舐めて、綺麗に頂く。 「イーリス……」 「ふはははは! イーリスは僕の虜です、母上」  王妃が大きなスカートの輪にぼふんと沈んで、ハンカチで私の口を拭く。  ケーキを食べ終わってしまった。  幸せだった…… 「今夜は鮭のムニエル茸ソテー添えと香味スープよ」 「……!」  王妃に後光がさした。  甘いもののあとの、しょっぱいは、最高だ。
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