16 新しい朝(※王妃視点)

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16 新しい朝(※王妃視点)

 可愛いイーリスが城を去った。  そしてすっかり寂しくなった毎日に、鮮烈な秋の風が吹き抜けた。  可憐なイーリスと戦争嫌いなヨハンがいなくなるのを待って、決行したに違いなかった。  息子である王太子エイベルがクーデターを起こした。  こうなるような気はしていた。エイベルはヨハンと違い、野心に溢れていた。  そして満を持して、国政そっちのけ色狂い国王に国民の不満が爆発したのだ。  燻っていた火と油がついに混ざり、燃え上がった。 「陛下! 陛下、こちらへ……!」 「はいはい」  城外には押しかけた国民。  エイベル率いる将校たちが夫を縛り上げ、晒しものにしている。私はエイベルの従者によって侍女たちと共に鏡の間に閉じ込められていた。同じように、真面目に宮仕えしていた婦人たちは西の広間に集められているらしい。安全のためだ。  侍女に呼ばれ窓から外の様子を眺めると、ふと目が止まった。 「……」    夫も、あれでいて国王だ。夫についた保守派の将軍たちが息子のクーデターを鎮圧しようとしたところへ、助っ人が入ったという話は聞いていた。  見覚えのある軍服の一団。  私の、母国の兵だ。 「……!」  息子と、夫と。  そして、懐かしい面影の、あの人。 「陛下!」  鏡の間を封じる兵を、息子に呼ばれているようだと言いくるめて、私は城の階段を駆け下りた。  まさか……  まさか、あの人が……  あわや公開処刑とも見える現場に辿り着く前に、私は息を整えた。なぜなら私は王妃であり、クーデターを起こした王太子エイベルの母親だ。息子の正当性を示すためにも威厳をもつべきだった。 「頼む、命だけは助けてくれ……!」  もう夫に対しては1ミリも心が動かないと思っていたのに、跪いて息子に命乞いしている姿を目にして、また更に幻滅した。これが国王の姿だろうか。 「ああっ、アレクサンドラ! よくも……ッ」 「私は関係ありません」 「母上に言掛りをつけるより民衆の顔をご覧ください、父上」 「エイベル……!」  地べたに跪き頭の後ろに手をやった夫は、もはや国王ではなかった。    息子の凛々しい横顔を見つめ、新しい時代の幕開けを感じた。そして、右側から私を見つめる視線があった。右半分の肌がじわじわと波打ち、熱を持ち始める。 「王妃……アレクサンドラ」 「……」  懐かしい声。  私は大きく息を吸い込んだ。  息子のクーデターを陰で支えていたのが、今や元帥にまで上り詰めたかつての恋人ミハイル・アクショーノフだったとは。驚きを越えた驚きと、歓喜を越えた歓喜が、胸の内で吹き荒れた。 「ミハイル」 「おや、お知り合いでしたか」  息子が夫を冷酷に見下しながら、気さくに声をかけてくる。  私はゆっくり、彼に体を向けた。 「これからは王太后アレクサンドラですね、母上」  新しい朝、新しい王が生まれた。    ミハイルが穏やかな微笑みを浮かべる。  ひとりの赤ん坊が大人になり父親から王位を奪取するほどの年月を経て、互いに老けた。もう小娘のように泣き喚く事も、誰かの胸に飛び込む事もない。  それでも目頭が熱くなる。  私は、彼と同じように穏やかに微笑んでいるだろう。  王妃の殻を脱いだ、ひとりの女として。
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