18 公爵夫人の幸せ

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18 公爵夫人の幸せ

 丸々とした艶やかな七面鳥の足に手を伸ばしたとき。 「!」 「ぬっ」  同じく、手を伸ばした人がいた。   「……!」 「……」  睨み合い、どちらともなく唸り始めた。  緊張から解き放たれて、お腹も空いていて、クロードがいない。  お腹いっぱい食べるには今しかない!!  渡せない…… 「こら、ポチャムキン。こちらの御夫人に譲りなさい」 「! アクショーノフ卿」 「?」  ポチャムキンと呼ばれた男性が七面鳥から手を引いた。  私は注意深く様子を見ながら、七面鳥を食べやすい状態に解体した。知らない人の前で、ガツガツできない。   「イーリス。大丈夫よ」  元王妃が来てくれた。 「陛下、この男が失礼を致しました」 「いいえ。お互い、食いしん坊には手を焼くわね」 「……?」  元王妃が、ほんのり頬を染めている。   「イーリス。紹介するわ。王になったほうの息子を支えてくれた元帥のアクショーノフと、大使のポチャムキン。ふたりとも、私の母国から来てくれたのよ」 「はじめまして、アクショーノフさん、ポチャムキンさん」  食べてもいいですか?   「アクショーノフ、ポチャムキン。イーリスよ。食べなさい」 「はい! いただきます」  元王妃に促されて、私はムチムチの七面鳥の足にかぶりついた。 「んんん~っ」  ジューシーで芳醇な香りと濃厚な味付け。  溶けちゃいそう…… 「もうひとりの息子、ヨハンよ」 「どうも」 「どうも」  気づいたらヨハンが隣に立っていた。  ポチャムキンは小皿に山盛りにして、少し離れた場所で頬張っている。こうして美味しいお肉を噛んでいると、昂った心が穏やかになっていくからふしぎだ。  ポチャムキンは、異国の人なのにどこか懐かしさを感じる。  男性にしては背が低くて、少し丸い、小父さん。そうだ。母方の伯父や母の従兄弟がこんな感じだ。ひとつの七面鳥を奪い合うような出会いでなければ、きっと仲良くなれたはず。 「美味しいかい?」 「ふぁい。おいひぃれふ」 「鶏肉は太りにくいから、安心してたくさんお食べ」 「ふぁい」  ヨハンが私の背中にそっと手を添えて微笑み、ずっと微笑んだまま私が食べる姿を見つめている。そしてふたりでニマニマしあっていたら、ヨハンが元王妃と話し始めた。 「しかし、ずいぶん宮廷がスッキリしましたね」 「エイベルが前王の息のかかった者を排斥したのよ。愛人も、全員」 「いい事です。まっ、母上にはもっといい事があったようにお見受けしますが」 「ミハイル。こっちの息子は文化活動に熱心で、芸術家を養成しているのよ」 「素晴らしい事です、クロンビー公爵殿」  愛する人の隣で、溶けちゃうほど美味しいものを食べながら、大好きな元王妃の幸せそうな笑顔と寄り添って立つ異国の元帥をもぐもぐと眺めていて、気づいた。  お似合い……!  ときどき秘密めいた目配せをしあって、堅苦しい口調で話していてもとても親しそうだ。なんだか私も嬉しくなってきて、ふたりを交互に見あげ頷いた。 「ほら、イーリス。あっちにケーキが出てきたわよ」 「えっ!?」  元王妃の指先を追う。   「はわわ……!」  5段構えのデコレーションケーキが、テーブルの数だけ次々と運ばれてくる。  ヨハンが私の口元をちょんっと拭いて、微笑んだ。 「イーリス、行けるかい?」 「はい!」  そして手をつないだ瞬間、背後からのひそひそ話が耳に届いた。 「サニーの言っていたぽっちゃりさんだね」 「ええ、可愛いでしょう?」  元王妃を、サニーだなんて特別な愛称で呼ぶ、異国の元帥。  これは、只事ではない。 「……」  ロマンチック! 「うわぁ、レースみたいなデコレーションだね。てっぺんから食べるかい? それともカットして芸術的な断面を眺めようか。ねえ、イーリス」    私はヨハンと一緒にデコレーションケーキを見つめた。  幸せな日には、甘いものに包まれている。  愛する人たちの笑顔と、いい匂い。  毎日が幸せで、いい匂い。                               (終)
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