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6 王妃も夢中(※王妃視点・百合ナシ)
私の宮廷に平和が戻った。
「私の可愛い、白い花……」
イーリスが頑張って働いている。
政務官レントリ卿からの預かりものという以上に、イーリスは心のオアシスだ。
正直、あの子がカゴひとつ右から左へ移すだけで溜息が洩れる。
イーリスは平和の象徴なのだ。
「……」
私は政略結婚で敵国に嫁いだ、いわば人質王妃だった。
男児を2人産むと、夫は公式愛妾を6人も宮廷に囲い、更に手あたり次第に宮仕えの令嬢や伯爵夫人を口説きまくって浮気三昧。私は言葉を覚え、文化を覚え、政治を学び、孤独を紛らわす日々。
私の侍女にと推薦される令嬢たちのほとんどが、夫の愛妾の座を狙っている。
気の休まる暇もなかった。
そんな、ある日。
庶子に王位継承権は与えない。
その法律を制定し、夫と教皇に承諾させたのが、イーリスの父親だった。
彼は親切心や良心からそうしたわけではない。
国政を第一に考え、血統の乱れと風紀の乱れを正す事を重要視したのだ。もしかするとそこには信仰心があるのかもしれない。
「陛下。私の妻は、王のお眼鏡に適わず出仕には至りませんでした」
「よかったわね」
「妻は太りやすく、顔もまあ普通です。しかし私は妻を愛しています。今も妻の顔を思い浮かべるだけで、心に溜まった澱がサァーッと砂のように流れて消えます。おかげで午後の政務も捗るでしょう」
「いい奥さんね」
「ええ。妻は癒しです」
「癒し……」
それこそ私が求める唯一の安らぎだった。
どちらともなく、イーリスを侍女に迎える事が決まった。
イーリスは政務官の父親からなにも受け継がなかったようで、実に愚鈍な乙女だった。ただ素直で心優しく、清らかだった。私は無垢な乙女の虜になった。
国政を牛耳るレントリ卿の娘という事で、彼が王権を掌握する戦略のひとつではないかという噂が立ったものの、そんな事はありえなかった。私もレントリ卿も、政略と愛憎の渦にイーリスを入れない事で心の安らぎを得ているのだから。
「イーリス」
「はい、王妃様」
宝飾品を整理する手を止めて、白くてふわふわの可愛いイーリスがふり向いた。
あの無垢な目で見つめられるたび、心の澱がサーッと押し流されていく。
「夕食はなにかしらね。最近、夜は魚介類が続いて、そろろろがっつりとした骨付きのお肉が食べたいわよね」
「はい! 王妃様!」
「陛下」
横からクロードが口を挟む。
イーリスの瞳の輝きを奪う漆黒の悪魔め。でも雇ってよかった。私も少し、イーリスを甘やかしすぎたから。太り過ぎると失明と四肢切断の危険があるなんて知らなかった。
私は、イーリスを守る。
そしてイーリスに、世界中の美味しい料理を食べさせてあげて、美食家で健康思考の男のもとに嫁がせるのだ。戦争も浮気もない平和な人生を送ってほしい。
愚息ヨハンになんて渡すものか。
あの芸術かぶれは外見と性格が夫にそっくりで、本当に忌々しくてならない。
「……クロードさん」
イーリスがしょんぼりと肩を落とし、上目遣いで彼を見る。
悲哀に満ちた、愛らしい瞳。
ああ、胸が痛い。
「なにも永遠に魚ばかりとは申しません。ただ、砂糖の禍が増やした分の毒素を取り除くまで、肉は鶏肉、ハーブとわずかな塩で味付けしたものがよろしいかと。油を使わず蒸すのが好ましい。あと、卵スープ。そしてアーモンド」
「……だそうよ、イーリス。クロードと一緒に、厨房へ行って伝えてきなさい」
「はい、王妃様」
「クロード」
「はい、陛下」
私は医師を呼び止め、威厳を以て命じた。
「その子におやつを」
「……」
「あなたが許容できて、その子が喜ぶものを」
「……御意」
味気ない蒸し鶏だけでは可哀相だ。
私は知っている。城で暮らし宝石を身に着けようと、すべては虚しい。
食べて、飲んで、笑う。それこそが人生なのだ。
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