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7 甘酸っぱい香り
「イーリス!」
「あっ! 殿下!」
王妃のお使いで、クロードの指導に従って早足に歩いていると、長い廊下の曲がり角でヨハン王子に出くわした。
「でで、でんっ、殿下! この度は、数々の御無礼っ、申し訳ありませんでした!」
「え!?」
「美味しくて正気を失いました!!」
「うぅーん……やっぱり可愛い」
膝を折ってお辞儀をする私。
王子は少し見悶えている。
「いいんだよ、イーリス。僕が調子に乗り過ぎたんだ。君があまりに可愛らしくて」
「いっ、いえいえそんな! 私なんかっ」
「あっ……そうして恥じらう顔がまた、たまらなく愛いんだよ!!」
背の高い王子が体を折って、右から左から下から私の顔を眺めてくる。
見目麗しい王子のおかしな動きに焦って、私も避けて避けて避けまくっているうちに、裾を踏んずけてコケた。
「きゃっ」
「大丈夫かい?」
「あ……っ」
太り気味の私を軽々と支えて、王子がついに正面から私を見つめた。
「~~~っ」
「イーリス」
「!」
甘いケーキや焼き菓子とはまったく違う、胸のトキメキ。
どくん、どくん、どっくんどっくん、……
「これが……心筋梗塞……っ!?」
「そうか、イーリス。あの医者に脅されていたんだね」
「え……?」
ちょん、と私を立たせると、王子が懐を探った。
「……ッ」
いつも甘い笑顔で甘いお菓子をくれたヨハンコックではない、真剣な表情。
私は無礼にも王子の顔をじぃーっと見あげてしまった。
「今日はこれを持ってきたんだ」
「え」
王子は指の間に小さな小瓶を挟んでいた。
「君がこの間、あの医者の背中をくんくんしていただろう? これは僕が、君のイメージを調香師に伝えてブレンドしてもらった香油だ。イーリス。〈イーリス〉だ」
「……殿下」
王子の手には小さくても、小瓶は私の手にはずっしりと重かった。
「嗅いでみて」
王子が囁く。
私は小瓶の蓋を開け、鼻を寄せ、嗅いでみた。
「!」
ふんわり優しい甘い香りが、ふぁーっと広がる。
甘いお菓子を食べるのとはまた別の、幸福感。
「……白く光る柔らかな香り……」
「イーリス。君は僕の心に咲いた、可憐な白い花」
「いいにほぃ……」
うっとりしている私の手から、王子が小瓶を取り上げる。
「ハンカチや襟元にチョンとつけてもいいし、こうして……両方の手首につけて、こすって、耳の後ろにも」
王子が手首の内側にチョンと香油をつけ、こすって広げ、その部分を左右の耳の後ろにこすりつける。そして私に小瓶を渡すため、またぐっと体を折って、顔を寄せてきた。
ふわぁ~
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