第32話 仕返し

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そう思うのに昔の記憶がよみがえり、手が震えてしまっていた。 二度と出してもらえないのではないかという恐怖。 暗闇が胸を蝕む。 両親の怒鳴り声。 厳しい練習。 「唯冬……」 気持ちが崩れそうになった時、暗闇に目がなれ始め、倉庫の中になにかあるのがぼんやりと見えてきた。 「ピアノ……」 古いピアノだった。 木製のアップライトピアノの蓋を開け、音を確認する。 「ドアは叩けないけど、鍵盤なら」 椅子もある。 暗闇の中で私は何度もピアノを弾いた。 だから、大丈夫。 しんっとした世界。 だけど、私の頭の中には音がある。 私の大好きな人の音。 すっと指を掲げてあの雨の日と同じ音を奏でた。 あの人に届くように。 どこにいても私を見つけ出せるように。
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