第9話 足りないもの

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六十番まである練習曲。 指の練習用に使うもので実はあんまり好きじゃない。 「不満そうだな」 「そんなことない……」 唯冬には嘘がつけない。 というか、私の心がわかるの?というくらいすぐに考えていることがバレてしまう。 そして、悔しいくらい私の先を読む。 「指のケアをきちんとすること。それから、ちゃんと食事をすることと睡眠時間はとること」 「そんなの気にしたことないわ」 「奏者にとって体は音を出すための楽器の一部だろ?」 「そうだけど。誰も私にそんなふうに言ったことなかったから。そう言われてもわからない」 「じゃあ。これからは意識するんだな」 思えば、今までは両親は私のことは好きにさせていた。 弾きたいだけ弾かせて、食べたくなったら食べる。 冷えた食事をそのまま食べることもあった。 口に入るものなら、なんでもいいなんて思っていた。 「千愛に足りないのは熱だよ」 「熱……」 「音楽への熱があれば、弾きたいっていう気持ちが自然に持てるようになる」 「唯冬は先生みたいね」
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