第9話 足りないもの

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それも口うるさいタイプの。 唯冬はにこっと嬉しそうな顔をした。 今のは嫌みなのになぜ?と思っているとハノンを私の手からとり、台に置いた。 「名前、呼んでくれて嬉しい」 手をとり、手のひらに口づける。 柔らかな感触と熱が伝わり、自分の顔が赤くなるのがわかった。 「ちょっ、ちょっと!いちいち手にキスをしないで!」 「じゃあ、口に」 「なおさら、ダメっっっ!」 身構えると唯冬は渋々手を離した。 「魔法のキスかもしれないのに」 「もうだまされないわよ」 油断大敵。 ちょっと気を抜くとなにをするかわからない。 とんでもないわ……本当に。 「魔法は効いてるみたいだけど?」 人の悪い笑みを浮かべる。 どこまでお見通しなのだろう。 今、私は弾きたい。 なにも考えずに無心で。 そこになんの理由もなく、弾きたいという気持ちだけがあった。 だから、奏でることはできないけれど、弾くことはできる。 その確認のために。 「千愛の邪魔になりたくないから、おとなしくするかな。夕飯は食べていけばいい。ゆっくり弾けるだろ?」
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