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優しい甘さのお菓子は私の心に染みて、緊張が解けていく。
「千愛がピアノを弾けるようになるお菓子。弾く前に食べるといい」
そう言うと唯冬は笑いながら、砂糖菓子が入った銀の缶を置いて部屋からでていってしまった。
「……弾けるように」
ポーンと音を鳴らす。
完璧に調律されたピアノ―――じっと鍵盤をみた。
また弾けるだろうか。
元の私みたいに?
なにか違和感を感じた。
私は元の自分の演奏に戻りたいわけじゃない。
前とは違う弾きたい理由が今はある。
そんな気がした。
まだその答えは出ていないけれど、与えられたハノンを一番からそっと壊れ物に触れるかのように恐々と弾き始めた。
ピアノに触れてなかった日々が頭をよぎる。
その苦しみを噛み締めながら、まだ楽しいにはほど遠い演奏を続けた。
優しい甘さの砂糖菓子がその苦しみを和らげてくれる。
魔法みたいに。
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