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私を呼ぶ声がする。
耳元で優しく名前を呼んでいる。
まるで慈しむように。
そんな声で名前を呼ばれたことがない。
だから、きっとこれは夢。
「千愛、そろそろ起きないと仕事だろ?」
「う……う、ん」
ごろんと寝返りを打つと ぼすっとかたい胸にぶつかった。
えっ―――?む、胸?
ぼうっとした頭で目をあけ、ぺたぺたと手で触ると頭の上でくすっと笑う声が聴こえた。
「朝から積極的だな。会社休む?」
「え……?」
腕枕をしたまま、にっこり微笑む唯冬の顔があり、一気に覚醒した。
「なにしてるのよっ!」
「なにって腕枕。昨日、のぞいたら床で寝ていたから、そのままだと体が痛いかと思って俺が気を利かせてあげただけ」
毛布にくるまり、ピアノのそばで二人で眠っていた。
お、落ち着くのよ。
昨日、夕飯を食べた後も弾いていいって言われたから、つい夢中になって弾いちゃって……
結論、眠ってしまった。
思い出した―――なんて馬鹿なの。
「起こしてくれたらよかったのに……」
「起こさない優しさだよ」
さらりと指が髪をすいた。
私を見る目はただ優しく、朝の光が小窓から降り注ぐ中、寝起きでも綺麗な顔をしていて自分の姿が恥ずかしくなってしまう。
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