雨を見て僕が思い出すもの

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ある日の少女は、視線をぼうっと宙に浮かせてうつらうつらさせていた。 「…どうした。眠れないのかい。君が寝てくれないと僕が困るのだが……」 「…眠くない。でも、太陽の光を見るとすごく眠たくなる」 「そうか……ここは、地下だからな。太陽なんて少しも見えないし……でもその様子だと、君は太陽が嫌いなわけじゃないんだね?」 「うん」 「じゃあ、僕が部屋の移動を頼んでみるから。それまで辛抱してくれないか」 「……別に、眠れなくてもいいけど。……でも、太陽は見たい」 「太陽を、見たい……?まあ、寝れないのは辛いだろう。ほら、君の目に下に濃い隈ができてる」 「…あなたもできてる」 「ふふ…そうだね。……君が眠らないと僕も休めない。今度上司に相談してみるよ」 その次の日から、僕達は地上の牢屋に移動した。小さい鉄格子から差し込んでくる暖かい光が心地よかったようで、少女はぐっすりと眠っていた。彼女の目元にあった隈は、消え失せていった。もちろん僕の分もだが。 彼女のことを知れば知るほど、彼女が本当に吸血鬼なのかどうか疑ってしまう。 人間の食事をあっさり受け入れるところや、吸血鬼の糧である血液に興味を沸かせないところ、太陽を好んでいるところなど、上げれば上げるほど謎が深まっていく。 けれどたしかに彼女は吸血鬼だと本能が言っているし、他のハンターの証言もしっかり揃っているのだ。裏付けはしっかりできている。 一体少女は何者なのかと問われれば吸血鬼の亜種であるとしか答えられないだろう。 ……けれど、そんな彼女と話していると、僕はとても穏やかな気分になれた。胸のあたりが暖かいものに包まれる感覚がするのだ。 僕が犯罪者だと知らない少女は、僕を普通の人間として扱ってくれる。 僕を軽蔑の目で見たり、ごみを投げつけたりしない。ただ無表情で僕の話に相槌をうってくれるのだ。 それが僕にとってどれほどの救いだったか、寡黙な彼女にはわからないだろうけど。 そうして僕達はこの薄暗い牢でひっそりと長い間過ごしてきた。 なかなか彼女の処分は決まらない。完全不死の彼女に、上も手を焼いているようだった。 少女も大人しい様子を見せているため、やがて考えを放棄した政府は僕達をほったらかしにするようになっていった。 監査員も料理人も、たまにしか姿を表さなくなっていった。 やがて政府から派遣される監査員が、半年に一回しか来なくなった。食事も掃除も、できる範囲だけ僕が全てするようになった。 いつの間にかこの拘束所に常駐しているのは、僕と彼女だけになった。
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