雨を見て僕が思い出すもの

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───そして彼女と出会って、五度目の夏を迎えた。 少女だった彼女はすっかり成長して、美しい女性になっていた。といってもその表情からはまだ幼さが抜けていないので、僕にとってはまだまだ子供のような存在であるけれど。 ぽつりと、石の壁に雨が叩きつけられる音がして、僕は我に返った。 八月に入ってから急増した夕立の空が、鉄格子の窓越しに見える。彼女は僕に向かって外に出て空を見たいと言った。 普段は大人しく鉄の鎖に繋がれているというのに、なぜが雨が降る日は異常に外に出たがるのだ。 僕はそんな状態の彼女が、あまり好きではなかった。 「監視員さん。外に出してくれませんか」 「……」 ほら、始まった。 半ばうんざりした気持ちで、彼女の方を見る。 このところ雨続きだったので外に出たがる彼女を宥めていたから、疲れていたのだ。 「昨日も言っただろう。僕は君を出してあげることはできない」 「……空が、見たい」 「いい加減にしてくれ。上から君を牢から出すなと強く言われていて、僕に決定権は無いんだ。お願いだから諦めてくれないか」 「……」 「それにほら、空ならそこから見えているだろう。見てみろ、外はこんなにも土砂降りだ。少し出ただけでびしょ濡れになってしまうだろう」 「…………」 「ほら、もういいだろう。いいかげん納得してく───」 いつものように彼女を宥める言葉をかけた。僕はそのつもりだったのだが、知らず知らずのうちに自分の苛立ちが漏れてしまっていたらしい。 語尾が強くなっていることに気付かず、強い口調を彼女に投げかけてしまったというのに。 それに気付けなかった僕はふと彼女の顔を見て、心底驚くことになった。 この五年間、人間に殺されそうになっても、血を吸えなくても、眠れなくてもどんな悪意を向けられても、一度も涙を見せず無表情を貫いていた彼女が、静かに涙を流していたのだ。 顔を隠すように俯いた彼女の瞳から透明な雫が床に落ちるのが見えた。 「っ、き、きみ、泣いて………………」 動揺して、間抜けにも足を滑らした僕は地べたに尻を打ち付けて、そのまま座り込む。 低い視点から見える彼女は肩を落として、すこし怯えているように見えた。 「……っ、ごめんなさい。きらわ、ないで……」 ここで僕は、自分の先程の口調が原因であることにようやく気づいた。 そうだ、あまり人と話したことの無さそうな彼女にとって、五年も一緒にいた僕の存在は大きかったはずだ。 そんな僕にひどく当たられたのが、ショックだったのかもしれない。
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