雨を見て僕が思い出すもの

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それと同時に僕は、彼女がとても可愛そうな存在であることをようやく認識した。 どうして今まで、気づいてやれなかったのだろうか。 この薄暗い牢の中に閉じ込められて、ろくに体を動かすことはできないし、話し相手は僕しかいない。僕以外の人間と出会っても、罵倒や悪口を浴びせられるだけで会話もできない。彼女ができることといえば、いつになったら開くのかわからない鉄格子を眺めるか、僕の話し相手になるしかなかった。 彼女はずっとこの閉鎖的な空間に、永遠に閉じ込められなければならない。 僕の中に、初めて『哀れみ』の感情が芽生えた瞬間だった。 一人を殺したときだって、こんな感覚は無かったのに。彼女の涙が、僕の冷たい心を突き刺したのだ。 「…ああ、そうだな。僕が悪かったよ。僕の頭が固かった。すこし虫の居所が悪かったんだ」 そう言っても彼女は顔を挙げず、涙を流している。 どうすれば、いいんだ。僕は、どうすればいい? 初めての感情と彼女の涙に混乱して、うまく思考がまとまらない。 悩みに悩んだ結果、僕は禁忌を犯すことを決意する。それは僕がこの五年間くらい守り続けたものだった。 「……お詫びに、少しだけ君を開放しようじゃないか。それで許しては貰えないだろうか」 そう言った途端、彼女が顔を上げた。その顔には今までに見たことないような感情に溢れた表情が浮かんでいた。 その目は驚いたように丸くなっていて、それでもって純粋な子供のようにきらきらと輝いている。その顔を見ながら僕は、かつて人を殺めた手で鉄の鍵穴に鍵を差し込んだ。 「ほら、外だよ」 夕立が降る中に二人で飛び出す。雨が止むのも待たずに僕たちは、木々が茂った山の中に出たのだ。 木があるとはいえそれなりに降っている。だというのに僕達は傘もささずに薄暗い森にいた。 彼女は暫く足元の草花で遊んだり、雨空を見上げたりしてはしゃいでいた。そんな彼女の姿をはじめは微笑ましく見ていたのだが、とある彼女の行動を訝しげに思うようになる。 石に躓いて転んだり、足元を手で探って安全を確認したり、自分の手をじいっと凝視したりと、何故か視界が不自由そうな振る舞いをするのだ。 不思議だ。吸血鬼は視力が悪くなったりするのだろうか。 気になった僕は音を立てないように彼女の視界に入る数メートル離れた正面に移動した。通常ならば、どんなに目が悪くても何かいることぐらい分かるくらいの距離だった。 けれど彼女は、何も反応しない。何か言ってくれと願いながら手を振っても、無反応のままだ。 それが何を指すのか、僕はすぐに理解した。目が、あまり見えていないようだ。 「きみ、もしかして……目が……」 愕然と、小さくつぶやく。 その声は彼女にも届いたようで、少女は僕がいる方にゆっくりと視線を向けた。 「……やっぱり、わかってしまうのね」 ザアザア降る雨の中、鈴のような可憐な声が辺りに響く。ドクドクと心臓が嫌な音を立てた。
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