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考えるよりも先に手が動いていた。
俺の鞄を咄嗟に部長の頭の上にガードと同時に、部長の手を引いて、俺の胸元の方へ寄せた。
その瞬間、鞄にバシンと硬く乾いた音がした。
そして俺の手首に緩い衝撃が走った。
「えっ、なに!?」
部長の驚きの声がした。
俺はそれより鞄に当たった物を注視していた。
それは放物線を描いて公園の小さな噴水にばしゃりと落ちた。
頼りない街灯の下、それはよく見ると茶色いバスケットボールだった。
「ぼ、ボールが飛んできたのっ?」
「そうみたいですね。部長、大丈夫ですか? 痛いとかありませんか」
「え、いや。あの、だ、大丈夫かなっ!? いや、えっと、その」
何やら部長が俺の顔を見つめながらまごまごしていたとき、最初に聞いたあの明るい──いや、軽薄な声がした。
薄闇からテンプレ通りの柄が悪い二十代前後とおとぼしき男達三人が現れた。
「ボール飛ばしすぎ。野球じゃないんだから」
「まじ、それなー」
「すまん。すまん。ボールどこ行った? って、カップルが抱き合ってる。うぜ。ホテル行けや」
──それか、今ここでヤれや。
と、リーダー格らしい背の高い男がそう言うと、残りの二人がげらげらと笑った。
そして、その一人がおもむろに「あ。ボール噴水の中にある。だっる」と、指をさした。
どうやらこいつらが遊んでいてボールを飛ばしすぎて、部長に当たりそうになったと思われた。
だるいのはお前たちだろうが。
そんなざらりとした感情になったところで、部長からごくりと生唾を飲む音がした。
小さな声で「宮下君。もう行こう」と、囁いた。
「そうですね。もう行きましょう」
ここで争っても仕方ない。
俺はそのまま、抱き寄せた体を少し離して、部長の肩にそのまま手を回して歩みを促進させた。
そうしたら。
「って、すみませーん。そこの盛ってる人たち、ボール取って下さーい」
と、声が掛かった。次いで「ちょ、盛ってるとか、言い過ぎ」「それな」とまたひと笑いが起きた。
──つい、イラッときてしまって。
そこに水をさすように言ってやった。
「ボールを飛ばしたのはそちらでしょう。僕達は関係ありません。自分達で取って下さい」
隣で、部長がひゅっと息を飲む音がした。
では、失礼しますと俺が言う前より男たちがキレた。
「あ? イキってんなよ。このクソメガネ」
あー。なんだか懐かしいなぁ。
中学生のときの俺も箸が転がっただけで楽しかったもんなー。
こいつらも──転がるものなら何でも楽しいんだろうなー。それしか楽しみないよな。
「──だって、自分が一番クズでどうしょうもないから、外しか楽しみがねーよな。哀れだなって」
あ。
思わず声に出してしまい、慌てて口を閉じるが。
部長が顔を真っ青にしながら。
「ななな、なんでそんなディスるの──! 急に刺激しちゃだめじゃないっ! あと、口調がなんかドSぽっくない!?」
「酔ってるせいですかね。気のせいです」
「嘘だ──!」
そんなやり取りをしていると、背の高い男がだんっと地面を踏みつけて。
「──殺す」
と、言った。
短気にもほどがある。
──出来もしない事をいうなんて、なんて微笑ましいと思っていると部長が。
「宮下君!? なんでちょっと、さっきから少し笑顔になってるのかな──!?」
部長がガクガクと俺のネクタイを掴んで揺らしたのと同時に、男たちがこちらに早足で歩み寄ってきた。
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