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俺はそのまま勢いよく男の腹を踏み台にして。
向かって来る男の顔面──いや、耳元に蹴りを叩き込んだ。
スパッと小気味良い、皮を叩くような音がした。
そしてスローモーションのように男は崩れ落ちた。
そう、蹴りとは足の脚力で叩くものではない。
腰から足を鞭のようしなやかに力をいれずに、腰の力で蹴るもの。
そうやってやると、今の男みたいに大概は一撃で沈む。
──なんて味気ない。
男が完全に地面に伏したのを見て俺は指を組んでぱきりと音を鳴らした。
最後に残った背の高い男は何やらスマホを弄っていた。
「動画でも撮ってんのかよ。それか警察か。どちらにしろもういい。俺は早く帰って漫画読みてーんだよ」
俺はネクタイを少し緩めて、蹴りでもキメてさっさと沈めようと思った。
仮にも今は手を使う仕事をしている。
出来るだけ手を使いたく無かった。
背の高い男に一歩、二歩、近づくと男は奇妙に笑い出した。
「へ、へへ。この眼鏡野郎が。もう、テメーはお終いだ」
「何が終いだ」
「イキってんのも今のうちだ。この界隈を締めてる元締めはな、争いが嫌いなんだよ。争いがあれば容赦なく喧嘩両成敗。その人のライングループに『通報』してやったぜ。へ、へへ」
「それって、お前も成敗されるじゃねーか」
「はっ、お前も道連れだ。諦めろや」
へへッと、力なく笑う男。
その根性は嫌いではなかった。
しかし。
「男の道連れなんて、願い下げだ。先に俺が成敗してやるよ」
「へ」
その、間の抜けた男の声と同時に俺はハイキックで男の肩に一撃を入れた。
男はよろけて俺にうなじを、首を、さらけ出した。
俺はそのまま首根っこをさっと掴んで頭の位置を固定した。
そして容赦なく膝蹴りを食らわした。
膝に柔らかい感触と硬い感触を感じた。
──気持ち悪かった。
この肉と骨の感触は今になっても慣れないと思った。
男はなにか声にならない声を出していたが、俺は落ちた鞄をさっと拾い、踵を返した。
モタモタしているとこいつらの仲間が来るらしい。流石にそれは面倒だった。
「仲間を呼ぶとかスライムかよ」
俺は独り言を言いながら振り返る事なく雑木林を抜けて、公園の出口に向かった。
暗闇に居すぎたのか、公園の出口の街灯がやけに明るく感じた。
そしてその街灯の中に、まるでスポットライトを浴びるように一人の男が立っていた。
顔はよく分からなかったが。
身長は先程の男より高く──。
いや。姿勢がとても綺麗で高く見えた。
バーテンの格好に水色と緑のグラデーションの髪を肩まで伸ばしていて、夜風にさらさらと靡いていた。
そのバーテンは俺に気がついたようで、こちらに近づきながらふざけた声のトーンで喋ってきた。
「たまたまー、近くでー、仕事終わりー、飲んでたらー。成敗コール入って、来ちゃった的な? 今日は帰りたくない、みたいな? ちょっとは俺様が、顔出ししとかないと、いけないかなってー、みたいなっ」
言葉はふざけまくっていたが。その歩く姿にはブレがなかった。
見事な重心の運び──ってか。
こいつ。
俺が声を出す前に男がスポットライトから突如消えた。
「なんか、眼鏡倒してって言われたから、まずはー、眼鏡を倒しまーす。人違いだったら、そーりー」
そんなセリフが聞こえて来た次の瞬間には俺の目の前にいた。
その時にようやく顔を確認出来た。
冷たいアイスブルーの瞳に、彫刻のような完璧な顔のパーツ。
それは俺のよく知っている顔だった。
そして俺の視界は端正な顔から、拳に切り替わった。
これはヤバい。
俺は大声で制止した。
「あ、有愛! 俺だ、氷河だ! 宮下氷河だ!」
「うにゃ、ひ、氷河ちゃんっ? でも、飛び出した拳は止まらないのだったー!」
「ふざけんなぁぁっ!」
俺は、咄嗟に額で拳を受け止めた。
俺の叫びの声の次に、がきりと鈍い音と頭に痺れが広がった。
それはあの時とかわらない威力だった。
俺は思わずよろけながら、目の前の男の事を考えた。
──俺のヤンキー時代の相棒。
そして俺の骨を折った張本人。
かつての仲間。
クドリャフツェフ・有愛。
思わぬ元相棒の再会に。
俺はクラクラする頭で今日はなんて日だと思った
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