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私が手芸店から帰り、少し遅い帰宅をして、大量の布やら装飾品を広げていたらスマホが鳴った。
それは宮下君からの電話だった。
『やっとスマホが使えるようになりました。今少しお話し出来ますか』
との事だった。
──ちょっと、会議室のときのルキウスマイルが脳裏に浮かんでドキリとしたが、なるべくフラットな感じで対応する事にした。
それより、私も丁度話したいと思っていた所だった。
何しろ──勢いのままに布を揃えたけれど宮下君の体の詳細なサイズが分からなかった。
一応、私もデザイナーの端くれなのでおよそのサイズ感で布の用意は出来た。
偶然にも至近距離で宮下君の体を見る機会はあったで、間違いはないと思う。
布が足りないって事はないと思われたが──やはりフィティングは必要だなと思った。
ハンズフリーにしながら宮下君の話を聞くと、公園での一件をえらく気にしているようだった様子で「配慮が足りず、その後もフォローが出来なくて申し訳ない」としきりに謝っていた。
──そんな事ないと、いうか。
むしろ良く一人で三人を相手した上で無事で居た方が凄いと思った。
後は単純に「もうあんまり無茶はしないで」としか言いようがなかった。
その一件の話題が尽きそうになったとき、私はつかさず話を切り出してみた。
「宮下君。次の休みの日──私の家に、いえ。違うの。セクハラ&パワハラをしてるのではなくて、そう、衣装のサイズを知りたくて! 訴えないで、じゃなくて、ええと、うん。そうだ! 私と一緒にイベントに行きましょう! それがいいわっ!」
戸惑いの声の末に『イベント? フェス的な感じですか』と、宮下君の返事が帰ってきた。
──私にアッチの方面の下心はないとはいえ、いきなり家に呼ぶのは迂闊な誘いを仕掛けてしまったと思った。
宮下君を私が勝手にオタク仲間として認識をしてしまい、色々とハードルが低くなってしまうと思った。
気をつけなくては。
私はひやひやしながら会話を続けた。
「ええ! そうフェス的な感じ!」
『僕から誘おうと、思っていたのに部長から誘ってくれて嬉しいです。漫画もあとちょっとで読み終わりますし』
と、明るい返事が返ってきてホッとしたのと、納得した。
あぁ、なるほど。
──感想会をしたいから、私を誘いたかったのだろうと思った。
いやはや、宮下君みたいなかわいい子が私をアッチの意味で誘うなんてあり得ないし、勘違いしなくて良かった。
危ない危ない。
いや、だから残念だとか思ってないないない。
そんな事を思いながらまた宮下君と合う約束をして、少し雑談して電話を切った。
で。
「……イベントはイベントでも、同人誌即売会でコスプレイベントも同日開催。宮下君にコスプレは何たるか知って貰うにはいい機会よね。ハンドメイド展もあるし。色んな作家の交流とかコミュ鍛えるには丁度いいし」
──広い会場の端でさっとフィティングしたらいいし。
「イベントはイベントだし!」
騙してなんか。ない。
嘘は言ってない。
「そう、これは決してデートなんかじゃなくてよ。麗子。気を引き締めるのよ、麗子」
と、自分に言い聞かせる。
勘違いしてこちらが舞い上がらないように、自制しなくては。
何しろ、私はこれまで趣味に生きて来た女。
ろくに男性経験がない。
しかも仕事が恋人で、ルキウス様を推すのが私のさだめだったし。
そして私は心を落ち着かせるように、今日買った布や材料を丁寧に片付けて行った。
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